黒猫物語 浮舟の選択 幕間 外出エピローグ
NEW! 2016-08-13 23:43:02
テーマ:クロネコ物語

この小説は純粋な創作です。
実在の人物・団体に関係はありません。






不思議な始まりの1日は、
当たり前の始まりだった。


消えていかない不思議は、
俺たちを強くした。


水澤先生は、
かっちゃんに付いて1日を過ごした。

言葉は、
かっちゃんの指に現れ、
先生は、
言葉を声にした。


帰りのホームルームで
水澤先生は
まとめた。


「皆さんと
このクラスで学ぶ1日が
終わりました。


ここは、
高等学校です。
ですから、
高等学校卒業資格を得ることは、
柱となる目標です。

大人クラスの皆さんは、
様々なご苦労の末、
高等学校卒業資格取得を志して
この学校の門をくぐられたことと
拝察しています。

私も、
担任として、
皆さんが無事卒業を迎えるまでを
全力で応援させていただきます。

いつでも
ご相談に乗ります。
お仕事の事情、
ご家庭の事情、
大人には様々な責任が降りかかります。


それでも、
皆さんが、
ここで学ぶ道を貫けるよう、
私は応援したいと
心から
願っています。


皆さんと
この場で
深く深く学べることが
あるからです。


資格を得る以上に、
それを大切に
思います。


私は、
学ぶということは、
変わることだと考えています。


学び、
そして、
変わるのです。

マサさんが
交流で
仰有いました。

生きるために
ここに来ていると。

私たちは
生きるために
変わります。

今日を生き、
明日に繋ぐために、
互いに尊重しあい、
互いに深く考え、
それぞれの人生を生きていきましょう。

今日の交流の時間を
皆さんに深く感謝します。

どのお一人が欠けても
あの学びはありませんでした。


その幸せに
包まれ
私も
変わりました。

視力を失って初めての授業でした。
もう一度教壇に立ち、
学ぶ自信をいただきました。

皆さんに感謝します。」


俺たちは
手が痛くなるほど拍手した。

先生は深く頭を下げ、
マサさんに
合図した。


びしっ

引き締まる礼だった。


ああ、
1日の学びが終わる。
それが、
染み通る礼だった。



かっちゃんのお母さんは、
いつもと同じつもりで
迎えにきた。


窓際まで行き、
立たせた息子の肩を抱き、
誰にともなく、
頭を下げながら出ていく。


そのつもりで
来たんだと思う。


かっちゃんは
囲まれていた。


サヨウナラ

言いながら

一人一人に
サヨウナラ

言いながら

誰も帰ろうとしない
仲間に
囲まれていた。


かっちゃんは
最後に
瑞月に向き合い
もじもじした。


瑞月は
あっ

石を引っ張り出した。


瑞月は
石を両手に捧げもち、

かっちゃんは
おそるおそる
瑞月の手を
自分の両手で包んだ。


「アリガトウ」

かっちゃんのアリガトウに
みんなが拍手し、

マサさんの

「お袋さんだ」

で、

一斉のサヨウナラに
かっちゃんを送り出した。



水澤先生は
いつの間にか
たぶん
マサさんに教えられて
かっちゃんのお母さんといた。


大人って
大したものだ。


俺は
この学校に来て
たくさん
凄い大人に出会えた。





で、
今なんだけど、
瑞月と俺は
駄菓子屋の奥の上がり口に
二人並んでいる。


「いいか、
安全。」

「西原じゃないんですか。」

「タケルの良さが
分からねえうちは、
〝安全〟で
十分だ。」

「分かってます。
ちょっと悔しいだけです。」


背中には
マサさんと西原さんの
声が聞こえる。


「おーい
タケル、
聞こえたか?」

マサさんが
こっちに
怒鳴ってる。

たださえ
地声が大きいんだから
怒鳴らなくても
だいじょうぶなんだけどな。


「はーい
聞こえました。」

怒鳴り返して、
俺は
また瑞月に寄り添った。



帰りがけ、
マサさんが
西原さんを呼び止めたんだ。


「西原、
お前の会社には
話をつけた。

お前の今夜の研修は、
俺と飲むことだ。
俺んちに来な。」


え?
帰りの警護は
どうなるんだろう。


と思ったら、

「タケル、
瑞月、
お前らも来い。

お前らには飲めとは言わねえ。
迎えが俺んちに来る。」

と言われた。


マサさんは、
俺たちのことも
西原さんのことも
よく知ってるんだ。


なぜかな?



考えて、
俺は止めた。


大人が言わないことは、
聞いちゃいけない。
マサさんの教えだ。


大人の中の大人だもんな。



瑞月は
静かだ。


駄菓子屋の灯りは
落としてある。


奥から洩れる明かりに
小さく浮かぶ島。


俺たちは
そこに
ちんまりと座っていた。


おやつに
プリンが出たのは、
瑞月のためだな。


ご飯は家で食べられるぞ

言われてる。


オモチャのピストル
小さなサイコロみたいなキャラメル
ヒーローたちのお面

駄菓子屋って
大きな
オモチャ箱みたいだ。


オモチャ箱の
薄暗がりで
瑞月が
口を開いた。

「今日ね
いっぱい
怖いことあった。」


「うん」


「でもね、
……………………。」


瑞月が
言いかけた時だ。


ガラリと
お店の引き戸が開いた。


一瞬
瑞月が
立ち上がりかけ、
止まった。


影でもわかる。
伊東さんだ。



「お待たせしました。」


明かりのエリアに入った伊東さんが
優しく笑う。


奥から
マサさんが顔を出す。

「おう!
ご苦労さん。

悪いな。
ちょっと
こいつと飲みたくなっちまった。」

その瞬間に
伊東さんの表情が改まった。


伊東さんが
ぴたっと
店の土間に
膝をつき頭をすりつける。


「いえ、
有り難いことです。

鼻っ柱叩き折っていただきました。
こいつが一人前になるには
一番の勉強をさせていただきました。

こうして
面倒見ていただけること、
どんなに感謝しても
足りません。」


マサさんは
後ろに
声を飛ばした。


「おい
西原!

上司が
ここまで
足をお運びになったのも、

お前が
あんまり
すっとこどっこいだったからだ。


じゃなきゃ
俺だって
今日のお前に瑞月は
預けられねぇとは
思わねぇし、

この馬鹿を
叩き直してやろうとも
思わなかったんだからな。


西原、
俺は、
お前んとことは
付き合いがある。

じいさんの
囲碁仲間さ。

お前を無下に叩き出すわけにも
いかねぇんだ。

覚えときな。」


俺たちも
伊東さんの土下座に驚いたけど、
奥から出てきた西原さんは
もっと驚いたみたいだ。


上がり口から
飛び降りて
伊東さんに並んで
頭をすり付けた。


間に座ってる俺たちは
身動きできない。


前に
二人が土下座。
後ろに
マサさんの息遣いが聞こえる。


ククッ

いつもの
マサさんの笑いが響いた。


瑞月の頭をポンポンしてやり、
マサさんは
びしっ
と姿勢を改めた。


俺は
瑞月をうながして
そっと立ち上がり、
脇へどいた。




「手を上げて下せえ。

伊東さん
あなたは大した方だ。

この
すっとこどっこいを
本気で育てようと
なさってる。

あなたの背中を見せて
教えようと
なさってる。

どうぞ
どうぞ
お手をあげてやってください。

この政五郎。
あなたの意気に感じ入りました。

この通りです。」


こんどは
マサさんが
頭を下げた。

伊東さんは
頭を上げてマサさんの言葉を聞き、
最後に
もう一度
頭を下げた。


「ほら、
すっとこどっこい

お前は
こっちだ。

上がってきな。
飲むぞ!


タケル、
瑞月、
また来週な。」


マサさんは
さっ

身を翻して
奥に入った。


西原さんは動かない。
頭をすり付けて動かない。


伊東さんが
肩を叩くと、
涙がポタポタ土間に落ちる。


「おせえぞ
西原!

何してやがる。
俺に手酌で飲ませる気か?!」


「行け!」

伊東さんが
声をかけた。

西原さんは
泣き声で
でも
大きな声で

「はいっ!」

て答えて、
中に
飛び込んでいった。


「ようし、
さあ、
飲もうぜ。」

「はいっ!」


二人の声が
聞こえる。


伊東さんは
静かに立ち上がり、
膝を払った。


そして、
瑞月に向き直った。


「後ろの座席においでです。」

瑞月は
飛び出していった。


「迎えにいらしたんですか。」

俺は確かめた。

「はい」

伊東さんが温かな声で応える。


「じゃ、
俺は助手席ですね。」

俺は聞かずもがなのことを
確かめた。

伊東さんが
俺の肩を叩き、
俺たちは
店を出た。


ねぇ
伊東さん、
今日は
大人ってすごいと思う1日でした。


きっと
瑞月も同じです。


俺たち、
たくさん勉強しました。



でも、
ねぇ、
伊東さん、

恋をしたら
大人も大変なんですね。

離れているのが
辛くなる。

ちょっと恥ずかしいことも
堂々としたくなるし、
しなきゃならないんだ。


海斗さん
迎えにきてくれて
ありがとう。


ありがとうございます。