黒猫物語 浮舟の選択 幕間 外出 6
NEW! 2016-08-10 14:24:06
テーマ:クロネコ物語

この小説は純粋な創作です。
実在の人物・団体に関係はありません。






書庫の地下は、
僅か2日で執務室に模様替えだ。

咲さんは
会議室としたモニター前のテーブルに
コーヒーの準備を始めた。


瑞月の無事は既に確認され、
伊東さんの報告は
間もなく来るだろう。


俺は
書庫の端に置いた自分のデスクより
こちらが好きだ。




会議室はお洒落ですらある。



白いテーブルには
PCが三台
ピシッと席を示してる。


その緩やかなカーブが機能美なんだよな。

それぞれが
座りやすく
操作しやすく
見た目に美しいと3拍子揃ってる。


咲さんは
ここを使わず
じいさんの部屋で決裁していたそうだ。





…………咲さんははっきりしてる。
総帥に添う影は、
総帥と共にある。



じいさんの部屋……片付いてるかな。
遊び道具の
山になってんじゃないか?



とりあえず
機能美溢れる空間になった地下だ。
多田親子の相談をした頃は、
レジスタンスの隠れ家みたいだったのにな。


海斗さんは
少し前にはタコ部屋みたいだったここで、
雪崩れる書類に囲まれて
PCとにらめっこだったのに………………。


総帥執務室には
昔々、
警護が屯したという一室があてられた。


そこに
総帥は籠っていらっしゃる。





うーん
総帥は
お出ましにならないな。




執務室は防音じゃない。
警護の部屋が防音じゃダメだから
防音じゃないんだが、
いやー静かだ。




「何してる……いや仕事ですよね。
山ほど
決裁しなきゃならないんだし……。」



「そろそろお出ましになります。
時間厳守は
警護班の掟ですから。」


咲さんは、
あとは揃ってから

顔を上げる。




トン・トン・トン

3回ノックだ。
間隔が測ったみたいに
同じだ。


ドアが開き、
「失礼します!」
伊東さんが30度の礼をし、
入ってくる。


「総帥に
お取り次ぎください。」




聞こえてる。
聞こえてるはずだ。



伊東さんの緊張が
上がっていく。
まず、
青くなる。


青白くなる。


咲さんが、
総帥執務室をノックする。
軽やかだ。

トントントン


シーン……


ひ、開かない。




伊東さんの顔は、
赤くなり始める。


よく焼けてるから
褐色に赤褐色の斑点だ。




咲さんは、
フラスコに湯を注ぐ。


トポトポトポ



こんなにしみじみ
水音を聞くのも
室内では珍しい。


まるで
時計の針の音を聞いてるみたいな
効果がある。




ドアは開かない。




伊東さんの頬は
ほぼ赤褐色になった。





咲さんは
フィルターをロートにセットする。


サラサラ

サラサラ

サラサラ

サラサラ


四人分だ。
伊東さん
咲さんは味方だ。

コーヒーは四人分
淹れてもらえる。




頬の次は耳を赤くする伊東さんだ。
ちゃんと赤くなるんだ。
綺麗な赤い耳






ゴボゴボゴボゴボゴボゴボゴボゴボ……


間断ないサイフォンの響き。

伊東さんの赤色化は
加速した。




お湯が
どんどん上がってくる。




伊東さんは
泣いた赤鬼状態に完成した。


コーヒーも完成した。




咲さんは
火を落とした。

カチッ

で、
同時に

バタン!!



プリントアウトしたばかりらしい
何枚かの紙を掴み、
総帥は
お出ましになった。



「伊東
待たせたな。


すまない。」


破顔一笑。
に・っ・こ・り

何だ
何だ?


海斗さん、いや総帥は、
伊東さんに
手を伸ばす。


ポン
軽く肩を叩き、
総帥は手で椅子を勧める。



「総帥……!
申し訳ありませんでした!!」

伊東さんの90度。
赤鬼が
三角定規みたいに
体を折る。


直線が男の純情に
震えてる。
な、泣かないで伊東さん。


総帥が、
さらに優しくなる。

声が蕩けるようだ。



「待たせた。
悪かったな。」


伊東さんの足元に
ポタッ
涙が落ちる。



「今、
登下校の警護プランを
作っていた。

みんな座ってくれ。」


咲さんが
めいめいに
コーヒーを配り、
落ち着いて席に着いた。



総帥自身は、
テーブルに凭れ、
俺たちに
警護計画を配った。


咲さんには、
別に一枚が渡された。



咲さんは、
その一枚をしげしげと
見詰めている。



俺も
渡されたものを見た。
警護プランとか
畑違いのものを、
なぜ
俺たちに諮るんだろう?


あれ?


「そ、総帥
ホテルでの警護とありますが……?」

伊東さんが、
戸惑う。



「総帥、
どのホテルか
ご希望はありますか?」

咲さんは、
まるで落ち着いている。

話がジャンプして、
俺たちには
読めないんですが……?



「俺は
毎週土曜日に
オフを取る。

瑞月のオフも
土曜日に変える。

朝、
軽く滑らせたら
連れて出る。

日曜日朝には
俺が学校に送り届ける。

俺の顔は
一般に知られてはいない。
これからも、
鷲羽総帥が表に出ることはない。
保護者で通せる。


不登校だった生徒は
保護者の送り迎えもあるそうだ。

俺がそれをしても
目立ちはしない。


下校は
かなり早い。

通勤ラッシュは
外れている。


西原はどうだ?
使えるなら考える。

ダメなら、
俺はホテルで仕事だ。
俺が連れ帰る。」


最後の方、
期待が滲み出てます。
ダメです、それ。
新人は育てましょう。





ホテルから恋人に送ってもらう高校生。


海斗さんは
父親には見えない。
そこまで老けてない。




お兄ちゃん?
老けてる。
お兄ちゃんには
老けすぎだ。


叔父さんかな。
若い叔父さん。
お父さんの末の弟か。



………………………………。

あの瑞月に
叔父さんに送ってもらってる演技が
出来るんだろうか。


『海斗……』

『いい子だ。

行っておいで』

俯く瑞月。

『どうした?』

『だって……』

見上げる眸が、
キスのおねだりに潤む。

長身をかがめ、
その頬にキスする
高級ブランドに身を固めた美丈夫。

名残惜しげに
姿が消えるまで玄関に佇む美少年。

カット!

映画かドラマじゃないんだ。
登校だぞ登校!!





「総帥……。」

「あ、あの……」

咲さんと伊東さんの声が
かぶる。



そして、
電話は鳴った。


咲さんは
執務室の電話をとった。


「はい、天宮でございます。
まあ、土屋先生。

ええ……



ええ……



分かりました。
土屋先生、
西原には
研修を命じたいと思います。

そして、
あの子から
全部吐き出させた猛者、
担任の先生でしょうか。

瑞月が
初対面で
心を許すなど
驚きました。
マサさん以来です。

そちらで叩き直していただけませんか?
あれで、
見所はある新人です。

はい……

はい……

はい
ありがとうございます。

………………。」

続く
西原への
研修通達
警護の任を解く通達



咲さんの声は
粛々と
言うべきを伝え、


海斗さ……総帥の顔は
明るさを
いや増した。



「西原君、
手もなくやられちゃいました。

秘密保持は任務の一部のはずの警護から、
ペラペラ
瑞月ちゃんの情報を
話してしまったそうです。


伊東さん、
分を過ぎた判断ではありますが、
伊東さんの信を得た若者です。

あの学校で
生徒に徹して
学ばせたいと思いました。

力はある子。
そうではありませんか?」


伊東さんは、
また
顔を赤くしている。


今度は
感極まってるみたいだ。


「ありがとうございます!

即日解雇でも
おかしくないミスでした。

感謝します!」



考え込むように腕を組みながら、

ずいっ

と総帥が身を乗り出した。


「しかし、
警護は外れる。

やはり、
俺が迎えにいくしかあるまい。

咲さん、
ホテルは土日で抑えてくれ。

日曜日は
ホテルで仕事だ。」



咲さんは
にっこり笑った。


「まず、
土曜日オフの件ですが、
基本的には
だいじょうぶです。

私と拓也さんが
休まなければいいことです。

ね?
拓也さん。」





咲さんは
にこやかに振ってくれる。



「あ、
ああ
だいじょうぶですよ。」

俺は
構わない。

いや
構わないけど…………。

脳内リピートが始まる。

『海斗……』以下略。




咲さんは
総帥と伊東さんに向き直る。

二人に等分に睨みを効かせながら、
最終通達が行われた。

鷲羽の舵は海斗さんがとる。
総帥だから
当たり前だ。


が。
鷲羽の屋敷では咲さんが女王様だ。

絶対君主制につき、
逆らう者に
生きる場は与えられない。


女王様は、
愛らしいプリンセスを授かったばかりだ。

そして、
女王様は、
鉄の女として知られる仕事人でもある。



「ホテル、
有り難いお申し出です。

瑞月は
体も弱いし、
朝の通勤ラッシュなんて
いつ本物の痴漢が現れるか
わかりません。

まだあの子には
無理ではないかと
案じておりました。


高遠さんには
里帰りの時間になるでしょう。
日曜日から
また
一緒に過ごしていただきましょう。


総帥が一緒にいていただけたら、
心も安定しますし、
元気に過ごせると思います。




伊東さん、
ホテルのお部屋から
瑞月を引き受けてくださいな。

総帥、
保護者の送迎は珍しくなくとも、
瑞月と総帥が並ぶ姿は、
十分に珍しい見ものです。

一回で
皆様の目に焼き付くでしょう。

毎週、
ホテルから
二人で出かけたら、
あっという間に
マスコミの網にかかります。

目立つんですから
仕方ありませんよね。


瑞月は
お部屋の前からは
西原君に任せましょう。

学校までは警護班員です。
西原君、
頑張っていただかなくては
なりません。」


総帥は
ホテルが通ったから
もう
騒がない。


伊東さんは
西原君に仕事をさせられるから
目に見えてほっとしている。


「そして、
総帥、
瑞月の放課後は、
瑞月に考えさせましょう。

高遠さんもいます。
警護も一班まるまる付きます。

電車は、
混んでばかりでもありません。

総帥が仰有るように、
下校時間は早めです。

西原君、
きっと頼もしく成長してくれますよ。」


瑞月ちゃん大冒険か。
まあ、
御披露目までは
大した危険はない。




総帥…………海斗さん?



女王様に果敢に立ち向かうシトワイヤン。

「学校までも
大変な時間がかかる。

すぐに帰ってきても、
暗くなる。

放課後自由にと言っても…………。」


女王は
あくまで
にこやかだ。

「お友達のお家に泊まっても
いいんじゃないかしら。」


バスチーユはすぐそこだ。
頑張れ!
シトワイヤン!

「ダメだ!
警護プランも立てられない。

危険だろう。」


するっ

お美しい指で
カップを持ちあげ、
女王は臣下に声をかける。


「高遠さんのお宅は?
すぐにもプランは立つはずです。
ね?
伊東さん」



海斗さんは
黙り込む。

雄弁な沈黙だなぁ。





親衛隊長は、
狼狽える。


「えっ?
えっと……
ど、どうでしょう……。」




伊東さんは
海斗さんの顔を窺いながら
逃げようと足掻いた。



そして、
女王様の鶴の一声だ。

「屋敷に入る人間のデータは揃ってます。
ご自宅の周辺など
今日にでも、
どの班かに探らせれば掴めます。

そうですね?」


「は、はい……。」


第一ラウンドは終了した。





さらに、
咲さんは攻めた。


「担任の先生とか
どうかしら?」

「ダメだ!」

即答っすか
総帥




「あら、
どうして?

瑞月、
最初から心を許してました。

安心してお任せできます。

伊東さん、
水澤先生のお宅もお願いね。」

伊東さんは、
もう
顔が赤いんだか、
黒ずんでるんだか
分からない。


女王様と絶対上司の間で、
ぴょんぴょん跳ねる蛙ちゃんみたいになってる。


「総帥、
なぜ担任の先生じゃダメなんですか?」


「…………視覚障害をお持ちだ。

危険にさらすのは
申し訳ない。」


「あら、
暗闇で
ご自分のお宅なら、
健常者より
動けるんじゃないかしら。」


「………………。」

「だいじょうぶ。
瑞月ちゃんのお顔は、
しっかり把握されました。

そんなにしょっちゅう
触ったりなさいませんよ。

学校関係者は、
そうした接触は
厳に避けると聞いてます。」


総帥は黙り込んだ。

伊東さんは
思わず
呼び掛けた。

「チ、チーフ…………。」

こらこら
総帥でしょ
伊東さん。


「高遠の家と担任の家、
泊まりに備えて調べておけ!」


総帥は
言い捨てると、
くるりと踵を返した。


ダン

ダン

ダン

バタン!


足音荒く
ドア閉め激しく
総帥は去った。


やれやれ
まだ
午前は始まったばかりだ。


瑞月の帰宅まで
あと8時間弱か。


咲さんは
涼しい顔で
カップを片付ける。


俺は
伊東さん係か。

「伊東さん
だいじょうぶですよ。

子どもは巣立つもんです。
早く慣れなきゃ。

総帥のためです。」


伊東さんは
力なく
目を上げた。


「午後、
新たな警護プランの会議なんです。

総帥は……
体を動かしたいと仰有って……
そのあとの訓練に参加されるんです。」


伊東さん…………気の毒に。

よろしくお願いいたします。


で、
午後は、
こちらは平和だな。


総帥、
我が子を初めて保育園に出す母親と
嫉妬に狂う男が
いい感じにミックスしてますよ。


早く慣れましょう。
学校だって
一応
二回行かせたでしょ?


慣らし保育は終わったんです。
覚悟を決めてくれなきゃ
屋敷の平和が保てません。

頑張ってくださいね。



画像はお借りしました。
ありがとうございます。