黒猫物語 カナダ滞在 20
2016-02-05 21:47:43
テーマ:クロネコ物語

この小説は純粋な創作です。
実在の人物・団体に関係はありません。






佐賀さんは
朝まで
瑞月のベッドにいたのだろうか。



ダブルベッドに
寝た跡はない。



無理な姿勢に痛む体は
佐賀さんを
夜中に起こしたかな。

そして
そのまま
瑞月の眠りを
守っていたのかもしれない。




もうランニングの時間だ。
佐賀さんはいない。



パーティーの夜
俺は見た。

さながら
返り血を全身に浴び
姫を抱く騎士
映画を見ているようだった。




一瞬のうちに掃討された無頼者ども
黒い風が吹き過ぎた。
それくらいの時間しかかからなかった。
圧倒的な戦闘能力。




そして二人だ。
じいさんの登場で
コメディーに雪崩落ちたが、
部屋を満たす殺気は
本物だった。




佐賀さんは怖い。
瑞月が無事でよかった。
そうでなければ
俺は何を見たのだろう。



いやあああああっ 佐賀さん

白磁の肌
震える肢体
恐怖に見開かれた目

まだ自身を抱く腕が誰のものかわからず
抱き竦められたまま
崩れ落ちていこうとする
大輪の白い花。





あの白い花には
男を狂わせて余りある
危険な匂いがあった。

生き人形か
…………あの感じかな
いや人形ではなかった。




無垢であることが
無力であることが
いかに
男を狂わせるかがよくわかった。


瑞月は
無力な美しい花だった。
愛でられるためだけにある
その凄艶…………。




無力の所以は
意志の空白にある。
佐賀さんに生かされてある花
瑞月は佐賀さんだけのための花だった。


それが
佐賀さんを追い込んでいったのか。
瑞月のイメージでは
佐賀さんは炎に焼かれていた。





…………瑞月は自らの意志をもった。

僕も
あなたを
愛しています。




あのスケート
あの日の瑞月は
自分を焼き尽くす火柱となった男を
抱き締めていた。

そして今だ。



あなたの姫は
可愛い寝息をたてている。
髪は枕に散らばり
前髪が流れ
額が見える。

頬は
微かな赤みを帯びている。
やはり
血色がよくなった。

透き通る美しさに
変わりはないが
息づく命を感じさせる。
体から健康を取り戻している。




起きたら
また
うるさいかな?

海斗
海斗
海斗

君はもう
狂気を引き出す
愛でられるだけの花じゃない。




キッチンに行こう。
佐賀さんが戻る前に
できることは
しておこう。




瑞月が起き、
パジャマのまま佐賀さんをお出迎えし
佐賀さんはシャワーに行き、
瑞月はお着替えして
調理に
食事に
パタパタと時間は過ぎた。

三人なりの日常は
リズムを刻み始めていた。





また荷物が届いた。
残り四日分の食材だ。




瑞月は
荷物が届くと
真っ先に張り付いた。

段ボール箱を開けて
一番上に
載せられた
綺麗な封筒を取り出す。

宛名は
瑞月様だ。





片付けを放り出し
ソファに座り込んで読もうとして
佐賀さんに叱られる。

手伝いに入り
大急ぎで片付けて

さあ
瑞月ちゃん
読んでいいよ





大切に胸に抱いて
そっと
ソファに座る。

開いて読みながら
瑞月は返事をしている。

「はい!」

「はい!」

「ありがとう」

「…………………………。」





瑞月の目に涙が溢れる。
佐賀さんが
そっと横に座る。
瑞月は佐賀さんに体を預ける。


「嬉しい
   嬉しいんだね
   お手紙もらうのって

  僕のために
  誰かが
  心配してくれて
  淋しがってくれて
  ……………………
  待ってくれてるんだよ。

  僕、
  すごく嬉しい。」



というわけで、
じゃあ
返事を書きなさい
と言われ
瑞月は
せっせと書き出した。




俺は
その間に
咲さんたちの手紙を
読ませてもらった。





美味しそうに食べるお顔を思いながら
揃えましたよ。
元気に食べてくださいね。

そちらは寒いそうだから
風邪を引かないように
気を付けてくださいね。

頑張っているだろうなと
皆で
毎日
話していますよ。
いつも応援してますからね。

お祖父様も
私たちも
瑞月ちゃんがいないと
さびしいです。
お帰りの日は
皆で空港まで行きますからね
元気で帰って来てください。





…………俺も泣きそうだ。

嬉しい。
嬉しいよな瑞月。
嬉しいです咲さん。





瑞月は
じいさんの張り巡らした
愛のバリアに包まれている。



じいさん
ありがとう

あんた
なぜ
そんなに温かな人ばかり
集めてられるんだい?




咲さんたちの気持ちは本物だ。
慈母の温かさだ。



瑞月が
歩き出すのを
皆で見守ろうとしてくれている。

それが
佐賀さんを
落ち着かせてくれている。





若紫は
幸せな子どもになった。



佐賀さんに見守られながら
瑞月は
一生懸命書いている。



書き上げた。
佐賀さんを見上げて笑う。
こっちを見る。




飛んで来る。

「ねぇ
  書いたよ。
 見て見て。」




お元気ですか
僕は元気です。

優しいお手紙ありがとうございます。
毎日読んで頑張っています。

おいしいものを
ありがとうございます。

毎日おかわりして
食べています。

おじいちゃんに
ベッドありがとうと
言いたいです。

毎晩おじいちゃんが買ってくれたベッドに
寝ています。

応援してくれて
ありがとうございます。

喜んでもらえるように一生懸命頑張ります。
ちゃんと頑張って
元気に帰ります。

早く会いたいです。
お釜のご飯が楽しみです。





(いい手紙だね)


「ほんとに?」


(もちろん

   嬉しかった!
  って言いたいんだよね?)


「うん!」


(よくわかるよ。
   丁寧な字で
   一つ一つに
  ありがとうが書いてある。

  絶対伝わるよ。
  いいお手紙だ。)




咲さんたちのご飯は
俺たちを
毎日
幸せにしてくれた。



瑞月は頑張った。
じいさんが
日本での練習の手配をしてくれた。
続きは日本で仕上げていく。



瑞月のプログラムはすごい。
瑞月は咲さんたちにも見てもらいたいらしい。
まだまだ完成には遠いけど
瑞月のかける情熱が
すごいんだ。



俺たちの一風変わった日常も
今夜には終わる。



俺はホテルに泊まる。
明日は空港で待ち合わせだ。




瑞月
今夜は抱っこじゃないよ。
明日会おう。

画像はお借りしました。
ありがとうございます。