黒猫物語 カナダ滞在 16
2016-02-02 21:24:10
テーマ:クロネコ物語

この小説は純粋な創作です。
実在の人物・団体に関係はありません。







丸くなる瑞月に
佐賀さんが毛布をかける。
もう帰路の車中は仮眠をとらせるものと
決めているようだ。




佐賀さんは
ハンドルを握る。
俺は助手席に収まる。

そして
俺たちは
どちらからともなく
話し出すんだ。



「瑞月は
   日本で
   どう過ごしていたんですか?」


『寮生活だったそうだ。』


「スポーツ特待生ですか。」


『そうだ。
   後見には連盟がついている。』



「瑞月は
  どうだったんでしょう。」


『選択肢はない。
   天涯孤独だ。

   スケートがあるから
   その生活ができた。』




「……その頃のこと話しますか?」


『覚えていないようだ。

   事件前は
   全てが
   霧がかかったように
   曖昧だ。

   会ったばかりの頃は
   むしろ大人びていた。

   英語がダメなんで
   クラブの連中は変化に
  気付かなかったが…………

  事件からは
  人懐こくなった。
  子どものように。』


「こちらに慣れたから
  …………ではないんですね。」



それは
わかりきっていた



『あの子はナイフを見て
   微笑んだ。

   穏やかで
   嬉しそうで
   恐ろしいほど綺麗だった。

   朝のこと
   感謝している。
   俺には
   とても
   もう一度は聞けなかった。

    死ねるときを
   あの子は待ってた。
   どんなに待っていたかわかった。

   あの顔を思い出すだけで
   俺は恐ろしい。』



佐賀さんの顔は
厳しい。


「今のようになったのは?」


『林の中で
   あの子を見つけた。

   一緒にいた警官が
  何度も呼び掛けたが
  あの子は
  出てこなかった。

  見つけて
  近寄ると
  震えていた。

  怯えていると思った。

  おいで
  と言うと
  そっと手を伸ばしてきた。
  抱き寄せた。

  俺の血が
  頬にべったり
  ついていて

  拭き取ってやると
  俺の腕の中で
  目を閉じた。

  そのときからだと
  思う。

  俺から離されると
  悲鳴をあげた。

  俺以外を
  まったく受け付けなくなった。

  俺を見る目が
  あんまり必死で
  切なくなった。

  …………淡々と
  何も手助けなどいらない感じだったんだ、
  あのときまでは。』




佐賀さんの血
後ろを見るな!
走れ!!



「佐賀さんには
   もう
   瑞月が
   特別だったんですよね。」



『特別だった。

   悪夢のときについたんだろうが…………
   驚くようなアザができていても、
   こちらが気付くまで
   あの子は
   言わなかった。

   指摘しても
   まるで興味がないようだった。

   食事もしない。

   俺にも
   指導者にも
   クラブの子どもたちにも
   何の興味もないようだった。

   生きていくつもりが
   あるんだろうかと
   思っていた。

   俺は
   あの子が
   気になって
   しょうがなかった。』




思わず聞いた。

「…………抱きたい気持ちはなかったんですか?」




佐賀さんは笑った。

『その質問は
   お前に返す。
   瑞月を見て抱きたくならないか?』



いや
俺は潔白だ。
まあ……ドキドキはした。
それを言うなら佐賀さんにも
ドキドキしたけどね。



「…………失礼しました。」


佐賀さんは
静かに続けた。



『今より
   危うかったかもしれない。

   自分に何の興味もなさそうで
   冷たくて
   人形のようだった。

   手を出せば
  そのまま身を任せそうな印象があった。』



それは…………今の瑞月とは随分違う。



「今を
  どう考えてます?」


『あの子は
   生きようとしている。

  俺は
  それには欠かせない。

  それだけだ。』



それだけじゃ
ありませんよ。


「あなたを守ろうとしましたよね。」


『……そうだ。』


「あなたが地獄にいることに
   気付いてましたよね。」


『…………そうだ。』

 


瑞月は変わったんだ。
また変わった。
それは確かだ。

「周りをよく見ています。
   それに覚えている。

  俺が寝坊したら
  いつもなかなか起きないね
  と言っていました。

  前にお屋敷に泊まったときを
  覚えていて繋げてる。

  さっきの女の子の質問は
  以前に交わした会話を土台にしてました。
  覚えている。

  興味がない段階は過ぎたんです。
  あなたが引きずり出した。

  あとは
  人の識別というか区別。
  それと距離感ですね。


  あなたが作った安心カプセル
  ちょっと強力すぎかもしれません。
  あなたが見える範囲にいたら
  そこは安全安心な二人の場所なんだ。


  でなくて
  俺がいる居間や寝室で
  あんなに自然に抱かれては
  いられない。


  俺を無視しているわけでもない。
  あなたに抱かれるのが自然だから
  そうしている。

  そう感じてます。


  いきなりは変わらないでしょうね。
  空間の意識は
  心の安定には欠かせません。

  抱っこは当分ですかね。」



あんまり自然だと
別に見ていても平気だしね。



『……ありがとう。

  俺もそう考えている。

  ……時々
  あの子を手放したくなくて
  自分に嘘をついているのかと
  自信がなくなる。

  お前の意見は有り難い。
  ほっとする。』



言っといてあげたい。

 


「それと、
   俺の感じなんですが、
   聞いてください。

   瑞月は
   見えるものは
   見えてます。

   あのとき
   瑞月は
   意思表示しました。

    離れること
    離れて頑張ること
    あなたに スケートを見てもらうこと。

    あれは
    瑞月の選択の始まりじゃありませんか?
   佐賀さんの言うなりではない。

   瑞月は
   あなたを選びましたよ。

   そこは
   選ばれたと考えていいと思います。
   リスクを負っても
   あなたに思いを伝えようとしました。

   恋人って扱うの大事です。
   瑞月、拘ってますから。」



そして到着。




佐賀さんは
恋人と保護者の二足の草鞋で
24時間労働中だ。



帰路の車中は
すっかり
大人の相談タイムとなった。



さあ
まずは抱っこの恋人タイムだ。
俺は
料理の下準備だな。



画像はお借りしました。
ありがとうございます。