この小説は純粋な創作です。
実在の人物・団体に関係はありません。





黒猫物語 小景 優しい過去 苦しい過去
2016-01-21 07:49:50
テーマ:クロネコ物語





欄間から差し込む僅かな光りも
次の間を挟むと
室内には届かない。




枕元の灯り一つが
床を照らす。

盆には水差しとコップ
風呂上がりの二人のために
用意されている。




瑞月は
動く力が
残っていないみたい。


気だるげに
身を返して伏せている。





佐賀さんは
瑞月を
そっと仰向かせ
口移しで水差しのものを
飲ませ始めた。


繰り返し

繰り返し

瑞月の喉が鳴る。




「ありがとう。

   もうだいじょうぶ」





何回目にか唇が離れると
瑞月が
そう囁いた。


見上げる眸に
力が戻ってきた。





『瑞月

   疲れたか?』


慈しむような佐賀さんの声。




「少し」

小さな瑞月の声




『もう
   お眠り

   俺は側にいる』

佐賀さんの声は優しい。




瑞月がそっと訊ねる。

「抱かなくていいの?」




『ああ』

佐賀さんの静かな声。




瑞月の小さな小さな声。

「抱かなくて平気?………」




『俺は
   いつでも
   お前に欲情している。

   俺の欲情に合わせていたら
   お前を失ってしまう。


   お前は華奢な子だ。
   無理をすれば
    発作にもつながる。



   そんなことはしない。
    お前が大切なんだ。
    お前を愛してる。
    だから待てる。

    お前を待つのは
     楽しみだ。』




瑞月がそっと
佐賀さんの胸に頭を擦り付ける。




佐賀さんが
その顔をあげさせ
優しく
啄むようにキスをする。




瑞月は
佐賀さんに身を委ねて
その胸に静まった。





「あのね…………。」


『何だ?』


「今日ね
   お母さんを思い出した。

   お魚、
    ほぐしてもらったとき
    思い出した。」


『そうか。』


「綺麗だった。」


『そうだろうな。』


「優しかった。」


『そうだろうな。』


「後ろを見るなって言われたんだ。」


『…………。』


「絶対見るなって言われたんだ。」


『………………。』


「走れ!って言われた。

   走って
   後ろを見ないで走って
   高台に着いて
   みんながいて


   ……………………

   後ろを見たら
   水が
   そこまで来ていて


   ……………………………………

   お母さんいなかった。」





静かに

静かに

瑞月は泣いた。




佐賀さんは

ただ

黙って瑞月を抱いていた。




二人は
ただ二人だったわ。




でも
少し変わった。




二人は
二人のまま
包まれてる。





おじいちゃんに
武藤さんに
素敵な女性たちに



このお屋敷は
二人を包めるくらいに
温かい。





おじいちゃん
そろそろ戻ったかしら

あなたと
おしゃべりしたい気分。




この二人
切なくなるんだもの。


画像はお借りしました。
ありがとうございます。