この小説は純粋な創作です。
実在の人物・団体に関係はありません。







黒猫物語 動物園にて
2016-01-15 18:25:26
テーマ:クロネコ物語




「武藤さん!
   もう着くよ。」


瑞月の可愛い声に起こされるまで
俺はすっかり眠り込んでいた。




車を降りれば
瑞月が訊ねる。

「武藤さん
   ずっと寝てるんだもん。
   だいじょうぶ?」




可愛い顔で
真っ直ぐ覗きこまれると
ドキドキする。



(ああ
  ごめんよ。)


夕べの妄想が蘇る。
瑞月は目の前にいる。
息遣いが聞こえる。



また熱くなってきた。
ヤバイ。




〈若いもんと遊べるのは
   有り難いのう。〉


能天気な声がして
じいさんが
俺の手を引っ張る。




そして、
佐賀さんが
瑞月の頭をポンと叩き、
こう宣言した。



『武藤は
   だいじょうぶだ。

   さあ
   入るぞ!』



「うん」


瑞月は
佐賀さんを見上げて
嬉しそうだ。




た、助かった。
よし!

(さあ
   行こう!
   パンダからかな?)


「うん!」





開園すぐとはいえ
三連休半ばの日曜日
少々待つ。



まあ
他のお客さんには
俺たちは
待ち時間の
いいサービスだったろう。



黒に身を固めた長身の佐賀さんは
精悍な顔立ちに憂いを含む美丈夫だ。



ぴったりくっついているのは
白に包まれた絶世の美少年だ。

フワッと羽織ったコートが
瑞月の華奢な姿を
より愛らしく見せている。

白いマフラーに白い手袋。
黒いパンツとブーツ以外は白だ。





さらに
瑞月が暑がって脱いでいた白い帽子を
佐賀さんが被せていた。


嫌がる瑞月が甘える。

「あん!」

やめて その声
また熱くなる。




ともあれ
目を引く二人だ。





そこに
紋付き袴の
小さな妖精みたいなじいさんがついている。




テレビ?
映画?
そんな囁きが
そこここから聞こえた。




可愛い顔して
バキバキ竹を割っては食べるパンダ。
子どもたちに混じって
目を輝かせて見る
瑞月とじいさん。



アジアゾウだ。
ぞうさんが挨拶してくれる。
子どもたちは大喜びだ。



じいさんが
小さい体にものを言わせて
勝手に前に出ていこうとする。

置いていかれた瑞月が
キョロキョロする。



佐賀さんが瑞月の肩を抱き
俺はじいさんの襟首を
かろうじて掴む。

子ども連れって
楽しんでる姿は嬉しいけど
安全確保は大変なんだな。




そして、
猿山に来た。



猿の中に
親子がいるだろ。
瑞月が
じーっと見てるんだ。



(どうしたの?)

と聞くと



「お母さん、
   優しいなあって思って。」



母猿が子猿に
りんごを渡している。
親は自分が後回しだからな。



(お母さんだからな)

俺は応えた。



「……うん」

瑞月は
またじーっと見詰めていた。



お母さん!
お母さん!


子どもたちが走り回る。
みんな母親がいる。


瑞月の背後を
家族連れが行き交う。




瑞月
お前は
一人ぼっちなのか?
お前の周りを皆が通り過ぎていく。




いつの間にか
佐賀さんが
瑞月に
寄り添っている。


『お前には俺がいる。』


瑞月が佐賀さんを見上げる。
嬉しそうで
哀しそうな眸。





「海斗…………佐賀さん。」



佐賀さんが受け止める。

『海斗だ。
  言い直さなくていい。
  照れ臭かった。
  悪かった。』




瑞月が
しっかりと応える。
もう何回も考えたんだろう。

「ううん。
   練習でお世話になる人だから
   だめだよ。
   けじめをつけなきゃ。」



『瑞月!』

佐賀さんは困っていた。




〈練習のときに
   切り替えればかまわんじゃろ。
   海斗が自然に思うがの。〉



じいさんが
のんびり
提案してくれた。

俺は言った。

(家族や恋人は
   そういうものじゃないかな。

   瑞月は佐賀さんを選んだんだろ。
   佐賀さんも瑞月を選んだんだ。

   呼び方は大切だよ。)



瑞月は一生懸命考えていた。
おずおずと
でも
佐賀さんをしっかり見ながら
提案する。


「練習は
  佐賀さんと呼びます。
  甘えない。

   トレーナーの佐賀さんが指示することは
   絶対に守ります。
   食事も
   スケジュールも
   自分でも考えます。

    スケートを頑張るには
    大切なことだから。

    それ以外のときは
     海斗と呼びたい。
     甘えてるけど
     まだ何もできないけど
     自分でも何かしたいから。」



佐賀さんが瑞月を抱き締める。

『呼んでごらん。』


「……海斗」


『よくできた。
   悪かった。
   すまない瑞月。』



瑞月の眸が
潤んでいた。



瑞月が
あまりに可愛くて華奢なのと
白い帽子のお陰で
周りの家族連れには
綺麗なお姉さんに見えるらしい。




なんとなく好意的だ。
ただ静かに抱き合う二人を
微笑ましく見詰め
そっと通り過ぎていく。



違うんだな。
一人と二人は。
通り過ぎていく人々の見え方まで
違ってみえる。



真っ昼間の動物園で
不思議な異空間が
発生していた。

愛の宇宙かな。




さあ二人組のお二人に
声をかけよう。


三大珍獣が
そろってるんだ。
不思議な鳥も目玉の展示だ。
すごく
かわいい小動物もたくさんいる。




見に行こう。
たくさん笑うんだ。

互いに呼び合う。
何回も呼び合うんだ。
積み重ねは力になるよ。



(ハシビロコウってのが
   面白いみたいだよ。

   行かない?
   瑞月)


「うん!
   海斗
   行こうよ。」

画像はお借りしました。
ありがとうございます。