この小説は純粋な創作です。
実在の人物・団体に関係はありません。





黒猫物語 若紫の反乱7
2016-01-13 23:17:30
テーマ:クロネコ物語







リンクサイドに
俺はいる。
瑞月はアップに入っている。
佐賀さんはまだ来ない。



瑞月が今朝
ファミレスで言い出した。


今夜、
見てほしい。



誰に?

それは言わなかった。
言う必要なかった。




「……来てくれると思う?」



(もちろん!)

俺は
思い切り
力を込めて応えた。




即電話した。
準備はOKだ。



瑞月は
ほっとしたように
オムレツと
二日目から注文に加えたサラダを
食べ始めた。




美術館

水族館

パイプオルガンのコンサート




毎日の過ごし方の選択。

瑞月が選んだのは
じっと見詰めるか
静かに聴き入るか
とにかく
何かを体や心に取り入れる場所だった。




美術館では
絵画の前にある柵を
瑞月の回りに置きたくなった。


人だかりもできたが、
何より
瑞月は
一つの絵のようだった。




見詰める聖母像よりも聖なる何かを
瑞月はもっていた。
瑞月こそ
観賞すべき芸術品だった。




水族館では
水中をゆったりと動く魚たちを前に
腕をすっと動かして
写しとるみたいな
動きをしていた。



しなやかな
しなる腕

瑞月は
周りを見ない。
見えないときは
本当に見えないんだな。




そして
周りの客に
笑う奴がいなかった。



俺としては
それが凄いと思ったよ。



不思議な美しい生き物が
間違って
地上に舞い降りてきました
人々は呆気にとられて見詰めていました
みたいな風景だった。






パイプオルガンのコンサートは
教会で行われた。

瑞月は
目を閉じて聴いていた。




俺はパイプオルガンの響きを
瑞月が聴き入っているのが
ちょっと怖くなった。


綺麗すぎて怖いものがある。
勉強になったよ。




で、
帰りはいつもスーパーマーケットだ。

毎日が鍋料理だが
瑞月は野菜を含めて
きちんと食べていた。




選んで
受け止めて
考える。

選んで
作って
しっかり食べる。



瑞月は
ファミレスとスーパーマーケットは
ふつーに振る舞えるようになってくれた。



今日は
でかけることは
しなかった。



瑞月は
俺が撮影した自分の映像を
静かに見直していた。


スーパーで買い物
二人で食事
睡眠



リンクに入る。
そして今だ。





約束の時間
午前2時
瑞月が
リンクの中央に止まる。



佐賀さんが
リンクサイドに
出て来た。



俺は調整室に退いた。

瑞月と
佐賀さんと
二人しか
いてはいけない気がした。




毎日練習を見ながら思っていた。
これが完成したら
それを観るのは佐賀さんしかいない。




瑞月が
最初の型に入る。


優しい調べにのり
瑞月は気付く。
繰り返し
繰り返し
気付く優しいもの。




瑞月は包まれ
心を震わせる。



曲調が変わる。
求め合う切ない思い
瑞月は
その高まりに身を委ねる。



一気に燃え上がる火柱に
瑞月は包まれる。
燃え盛る炎に瑞月は焼き尽くされた。



崩れ落ちる瑞月
愛のために
死に瀕する魂

リンクに静寂が訪れる。





最初の一音が
再びリンクに優しく響く。



それは
立ち上がる瑞月から
響いていた。


手が差し伸べられる。




気づいて


繰り返し
手が差し伸べられる。




お願い


瑞月の差し伸べる手に
瑞月の愛が差し出されていた。



愛しているから
愛しているから
愛しているから



尽きることのない愛。




瑞月は
火柱の中にある恋人を
その愛で包み込む。



胸にその魂を抱き締めて
瑞月は天を仰ぐ。
美しい祈りを捧げるスピン。



真っ直ぐに
佐賀さんに向けられる顔、
差し伸べられる腕。



瑞月は滑り終えた。




佐賀さんは拍手する。
瑞月はお辞儀をする。



リンクサイドに待つ佐賀さん
そこに向かう瑞月



瑞月を迎えて
しっかり一度抱き締めると
佐賀さんは
そのまま
自然に世話を焼いている。




俺は
このまま
見ていていいのか
ドキドキしていたが
二人は
ごく自然に振る舞っている。





えーい!

この部屋に隠れてるわけにも
いかないんだ。



思いきって
俺は出た。




二人がこちらを見る。

瑞月が
ひどく生真面目な顔で
言った。

「ありがとう」




佐賀さんが
深々と頭を下げる。



二人はリンクから去り
俺は残された。




ひどく寂しくなった。


バカヤロー!!
瑞月は頑張ったんだ。
良かったじゃないか。


目出度い。
俺は心底嬉しいんだ。





なのに
なんでこんなに寂しいんだろう。



楽しかった。
瑞月がいて、
毎日色んなことを試して
あの子が挑戦して
俺がサポートして
楽しかった。




鼻をすすっていたら
声がした。



〈ムトウちゃん
  ムトウちゃん〉



じいさん!
おいおい
また誘拐されたらどうすんだ?!



(だ、だめじゃないですか!

  佐賀さんに怒られますよ。)



〈今日は
   あの二人はホテルじゃもの。

    ムトウちゃん
    明日もお休みじゃろ。
    うちにおいで。〉



俺はじいさんちに行った。
もう明け方だったけど
じいさんが
酒を出してきて
俺は思い切り飲んだ。




じいさんと
黒猫が
酔っ払った俺の話を聞いてくれた。
俺は泣いたり笑ったりしながら
ひたすら瑞月の話をした。




じいさんは
ずっと
うんうんと聞いてくれていた。



じいさんは
佐賀さんにも
そうしてあげたのかな。



酔い潰れかけた頭の隅に
そんなことが
浮かんだ。



俺の人生で
最高にスリリングな1週間は
優しい夜で
終わりを告げた。


画像はお借りしました。
ありがとうございます。



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