この小説は純粋な創作です。
実在の人物・団体に関係はありません。





黒猫物語番外編 不在の1週間<初秋> 6
2015-12-30 15:34:43
テーマ:クロネコ物語




妹は買い物に出た。
天使の服を買ってくるそうだ。

天使のサイズを測っては
「細いのねぇ。」
と嘆声を上げていた。

『ありがとうございます。
   代金はこちらで払わせていただきます。』
サガは律儀に声をかけていた。


妹がいては
とても聞けない。
レイプの聞き取りなのだ。


ソファに座る天使を
サガは胸に抱いている。

改まった雰囲気を感じるのか。
天使は
もう不安げだ。
サガの胸に深く収まり丸くなっている。



不思議な天使。
この子は
触れれば花弁を閉じる花だ。
サガは
どんな傷も与えまいとしている。

昨夜は二人でどう過ごしたのだろう。

眠りに落ちる前、
客室から聞こえてくる声に
俺は耳を澄ましていた。

サガサン
サガサン
サガサン……………………。
ダイジョウブ
ダイジョウブ
ダイジョウブ

ダイジョウブ……………………。

天使がサガを呼ぶ声の切なさに
夜の空気が震えていた。

サガが応える呪文は…………愛してると聞こえた。

愛してる
愛してる
愛してる

そして、
やがて
声は消えていった。

声が聞こえなくなってからも
俺は二人に思いを巡らしていた。

サガにとって
腕の傷など
何でもないことなのだ。

天使がサガを求めている。
大事なことは
それだけだ。



満月に照らされた四阿
天使を庇い
ナイフをその身で受け止めた男。

俺も
調書は取らなければならない。
天使を襲った奴らを
野放しにはできない。
そこを考えよう。





《いいですか?》
天使を覗き込み
できるだけ
優しい声を出した。

天使が俺を見る。
一生懸命に見てくれる。

よし!

店の中の流れは
だいたい想像通りだった。

天使は言葉がわからない。
店員の指示と思わせれば
裏口までは
簡単に連れていけただろう。

天使がサガを見上げる。
何か
ためらいながら
でも
一生懸命に話している。

サガは
落ち着いて受け止め
短く訊ね
確認しているようだ。

『公園で待っていた男に
   出演後、
   声をかけられたそうです。

   控え室の前にいて、
   何か聞かれたけれど
   わからなくて黙っていたら
   どいたそうです。

   最後にSee you later
  と言っていた気がすると
  言っています。』



俺は反射的に訊ねた。

《顔は覚えていますか?》

サガが伝えると
天使の顔が 紙のように白くなった。
覚えているのだ。
されたことも覚えているのだ。


天使は花弁を閉じた。
サガの胸に顔を埋めて震えている。
思い出したことが
天使を切り裂いていく場面になった。


サガが俺を見詰める。
俺は立ち上がり
紙とペンを残し
居間を出た。



暫くして
サガが俺を探しにきた。
手にはびっしりと書き込まれた紙を持っている。

『あの子から聞き出したことを
   書き出しました。

   これで足りますか?』



《読ませていただきます。》

店の外に出たとたん、
待っていた男にナイフで脅された。
四阿まで連れて行かれた。
四阿に5人いた。

連れてきた2人に
押さえつけられ
男たちの前に
ひざまづかされた。

店で声をかけてきた男が
服を引き裂いた。
………………。


《充分です。
   辛いことをお願いしました。
   あの子の側にいてあげてください。》

サガは踵を返した。



俺は後半を噛み締めながら
サガを見送った。

本当に危機一髪だった。
下肢を剥き出しにしようと
かけられた手を感じた。
そこに
サガが間に合ったのだ。

肌をまさぐる
自分以外の男の手を
唇を奪った
自分以外の男の存在を

サガは
どう感じたのだろう。



サガの調書は
昨夜のうちに取ってある。
本当に慣れた男だ。
この手のことに慣れている。

肩書きはトレーナー。
天使のトレーナーか。



今ごろ
居間では
サガが天使を抱き締めている。

恋人のようで
恋人ではない

でも
この二人には
お互いに
お互いの代わりになるものが
なさそうだ。

この二人でしか有り得ない。
引き離せない絆が見えるんだよ。

ただ
天使の微笑み。
あれが不思議でならない。
怖いほどに美しかった。

満月に照らされ
振り下ろされるナイフを
うっとりと
微笑んで迎える天使。

俺の天使
あんたは
サガが助けなければ
死んでいた。
あんた…………死にたかったのかい?
死ねることが…………待ち望んだ夢なのかい?

サガがいる。
サガがいるのに?


画像はお借りしました。
ありがとうございます。



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