この小説は純粋な創作です。
実在の人物・団体に関係はありません。





黒猫物語番外編 不在の1週間<初秋>2
2015-12-28 22:15:10
テーマ:クロネコ物語






駐車場に人影はない。
右に抜ければ公園、
左は繁華街。

黒スーツは反射的に左に向かう。
俺は叫んだ。

「右だ!
   公園!
   四阿!!」

思い出したんだよ。

夏にあったんだ。
東洋系の少年
集団暴行
繰り返し貫かれた跡
切り裂かれた無数の切り傷

血の気の失せた
整った顔だけが無傷だった。

似ていた。
天使に似ていた。
似てたんだ。

走り出す黒スーツの背中に叫んだ。
「ナイフをもってる!
気をつけろ!!」

携帯を出し
署に連絡する間ももどかしかった。

頭の中は
考えたくもないことで一杯だった。

全裸で発見されたか細い体
恐怖に見開かれた目
微かに開かれた唇

天使の顔が重なるんだ。
ダメだ

ダメだ!

ダメだ!!


俺も必死に走り出した。

公園に入れば
繁華街の光は届かない。

代わりにほの白い月明かりが
辺りを照らしていた。

満月だったんだ。

四阿の方から
何か聞こえてきた。
間違いないって確信した。
あそこだ!
ってな。

あんなに必死に走ったのは
後にも先にも
あのときだけだ。
小学校の運動会だって
あれほどは頑張ってないよ。

公園の道は林の中だ。
着くまで
何も見通せない 。

なんとも言えない男の悲鳴が
四阿から響き渡る。

飛び出した俺の目に映った光景は
手前から
いくと

地面にのたうつ悪党。
黒スーツの背中。
ナイフを構えた悪党ども
そして
天使だ。


天使が
身を起こした。

気づいた男の一人が
天使にナイフを振り上げる。

天使は
そのナイフを
ぼんやりと見上げた。

そして、
天使が微笑んだ。

そうさ。
はっきり見えたんだ。
天使は微笑んだ。

天使にナイフが降り下ろされる。


黒スーツが
立ち塞がるナイフに
飛び込んでいく。

振り回される切っ先を
見切ったように
すり抜けて

天使を頭から抱き締めて
踞る。

ナイフは
黒スーツの右腕を切り裂き
鮮血が天使に降り注いだ。


俺には
まるでコマ送りみたいに
ひどく
ゆっくりと見えたよ。

天には満月が輝いていた。
ほの白い肌を月光に晒して
夢見るように微笑む天使。

天使を抱き締める黒スーツから
流れ落ちる鮮血に染まる天使。

一瞬だった。

次の一瞬には
天使を襲った悪党は
黒スーツの蹴りに吹っ飛び

背中に天使を庇った黒スーツが
残りの連中に対峙していた。

俺は叫んだ。
《警察だ!》

悪党どもが
こちらを振り向く。
残りは5人か。

黒スーツが
天使に囁く。

天使が林に走り込む。

追おうとした馬鹿は
黒スーツに殴り倒されて昏倒した。

パトカーのサイレンが
ようやく聞こえてきた。

残りは?
逃げたさ。

俺は天使が逃げ込んだ林に走った。

どこだ?

どこだ?

月光も木下闇には届かない。


《おーい
   警察の者だ。

   出ておいで》

林は天使を呑み込んで
静まり返っていた。

いつの間にか
黒スーツが来ていた。

『助かりました。』

そして、
林の一角を見詰めると
振り向いて
こう言った。

『すみません。
   上着を貸していただけませんか?』

《あ、ああ。
   あんたも大丈夫かい?》

俺は上着を脱いで渡した。
黒スーツは
真っ直ぐにその一角に向かった。

俺には黒スーツしか見えなかった。
ひざまづき
何か囁く黒スーツ。

差し出す手に
細い手が
そっと載せられる。

俺の上着が
フワッと暗闇に投げ掛けられ
黒スーツに
抱き寄せられて
小さな体が現れた。

顔に流れ落ちた血を
自分のシャツで拭ってやっていたよ。

わらわらと集まってくる
署の連中の気配が近づいていた。

俺はさ、
ただ見とれてた。

月明かりに浮かぶ小さな顔。
黒スーツに抱かれて
目を閉じる天使にさ。


画像はお借りしました。
ありがとうございます。


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