この小説は純粋な創作です。
実在の人物・団体に関係はありません。






墨一刷毛ぶんの恐怖
2015-11-23 19:38:39
テーマ:クロネコ物語




『俺の
   見ていないところで
    練習するなよ。』


前科があるので
ランニング前に確認ね。


目覚めた仔猫の髪を
掻きやりながら
サガさんは念を押す。



「うん。…………やらない。」


仔猫は
声に甘えを滲ませ
両手は狼の肩にからませて
その重みをねだる。


狼の体が仔猫を覆えば
じっと目を閉じて
その安心を一生懸命充電しているみたい。




サガさんは
じっと
仔猫を見詰めていた。

そしてね、


身を離す瞬間の
よるべない表情に

ふっ、
と落とした目に

はっ
と我儘に気付き
自ら引っ込めた手に

なんと
サガさんは
ランニングを取り止めた。




ぱっと明るくなる仔猫の顔を見たら
まあ報われたでしょ。




魔王の影を感じたのね
狼さん。

そうね。
仔猫に戻ってるものね。




いつも側にいないと
不安に声を詰まらせる 

いつも触れていないと
愛してほしいと
その手をねだる

サガさんだけの愛しい仔猫。




たぶん
今朝だけよ。
黒い夢が連れてきた
1日だけの仔猫。

今回はさ、
上出来なんじゃないの?




意識も失わなかった。

第一、
夢は見る前に
貴方が変えちゃったものね。
極彩色に。

ほんの墨一刷毛
眸に残ったのかしらね。




次に
その眸を開けば
とんでもない
強かな豹になってるわ。

今だけよ。

キスをねだるでもなく
ただ
サガさんの胸に
丸くなる
小さな仔猫がいる。




あの日のこと
一つだけわかった。



何があったかなんて
知らない。


あなたが家族と
どんなやり取りをしたかなんて
知らない。


あなたが黒い水から
どうやって逃げたかなんて
知らない。


あなたの家族が 
どう黒い水に呑み込まれたなんか
知らない。


あなたが
家族の最期を
どんなふうに見ていたかなんて
知らない。





一つだけわかった。

あなたは
すごく怖かった。

すごくすごく怖かった。




サガさんは
静かに
仔猫の背を
撫でる。


狼の胸に
頭を擦り付け
仔猫は少し身を伸ばす。



その体を
己の体に引き受け

眠り込んだ仔猫の
その髪を
その背を
狼は愛しげに撫で続けた。




怖くて怖くて怖かったものはね

もう遠くに行っちゃったよ

もうこわくないよ

戻っておいで

愛してあげる

もう要らないっていうくらい

たくさん

たくさん

愛してあげるよ。


画像はお借りしました。
ありがとうございます。




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