この小説は純粋な創作です。
実在の人物・団体に関係はありません。






仔猫のキッチン
2015-11-09 22:18:59
テーマ:クロネコ物語




や、やめた方がいい。
ニャー



今、滑ったよね。
ナイフ滑った。
ニャー



「つっ……!」
彼の左手から
血が滴り落ちる。



お粥はレトルト温めれば済むの。
それで充分でしょ。
なぜリンゴ?



一生懸命よね。
認める。
そうそう切ってから剥く。



サガさんが熱を出したの。
ランニングはなし。
まだベッドで
今は9時よ。




で、レトルトね。
うん。
オール電化でコンロ使えない子はいない。



あ、ちょっと!

「あつっ!!」 



すっと彼の右手は掴まれ
体ごと
流しに運ばれた。




勢いよく流す水に
右手を突っ込む。



『手で取ろうとするな。
   火傷するぞ。』



「……ごめんなさい。」



仔猫はショボンとソファに座って
右手を狼に預けている。



『そっちも出せ。』



ピクンとみじろぐ仔猫は
じっと左手を隠して動かない。



構わず掴もうとすると
さっとキッチンに逃げる。



『こら!
  俺は病人だぞ。
   逃げるな。』



追おうとして
サガさんの目は止まる。



キッチンと居間を仕切るボードの上。



お皿に丁寧に並べられた
形も大きさも不揃いなリンゴの細片に。



しばし
見詰めると
皿を手に取り



両手を胸に隠して
頑なに背を向ける仔猫に
歩みよる。



『剥いてくれたんだな。
ありがとう。』


仔猫は小さく ちいさく チイサク チイサク
なっている。





「失敗しちゃった……。」

カシッ

仔猫は振り向く。
狼はリンゴをほおばりながら
笑っている。



「あ……」

『お前も食べるか?』



サガさんは
笑いながら
くしゃっと彼の頭を撫でた。




「うん!」

元気になった仔猫が
お皿に
手を伸ばすと、



『ほら』

とサガさんが
お皿を高く持ち上げる。



「いじわる!」

と伸び上がろうとしたところで、
ガードが甘くなった左手は
サガさんに掴まれた。




「あっ……。」

掴まれた手は……傷だらけ。
耳まで紅く染めて
仔猫は項垂れる。





『頑張ったな。』

サガさんはボードに皿をおき、
空いた手で
仔猫の口元にリンゴを運ぶ。




『あーんしろ』

半べそかきながら
仔猫はパクっとリンゴにかじりついたわ。




『あとは
俺がもらうぞ。
病人だからな。』



「うん!」


『ケータリングに電話した。
   朝食は一人で食べられるな。』


「うん!」


仔猫はサガさんを見上げて
不思議そうに首をかしげた。




「ねぇ、サガさん。
   僕が
    リンゴ剥いてるの
   なぜわかったの?」



サガさんは
可笑しそうに笑ったわ。



『この家で
  お前が俺から離れる時間なんて
   ない。

    俺に隠れて何してるか
    見に来たんだ。』



またソファに座らせ
サガさんは手当てに余念がない。



『さあ、できた。
  ちゃんと食べるんだぞ。』




昼過ぎ
遮光カーテンに薄暗い寝室で
サガさんは目を覚ましたの。



起き上がろうとして
ベッドに張り付いて寝ている彼に
気付いた。



少し目が腫れてるのはね、
泣いてたからよ。
ま、
わかると思うけど。



まあ
休日だしね。
叱らないでね。



サガさんは
じっと
見詰めていたわ。





ずっと
ずっと
お日様が傾くまで
サガさんは見詰めていた。


画像はお借りしました。
ありがとうございます。



人気ブログランキングへ