図表1
血管内皮細胞障害と凝固・血小板の活性化
COVID-19では、ウイルス感染により障害された血管内皮細胞から凝固第VIII因子とvon Willebrand factor (VWF)が放出され、凝固系や血小板凝集が活性化される。

COVID-19の患者では、第VIII因子とVWFの血中レベルが増加することが報告されている [6]。第VIII因子はトロンビンによって活性化され、活性化第IX因子とともにtenaseを形成し、活性化血小板上で凝固の著しい活性化を誘導する。

上記以外にもCOVID-19では、血液凝固や血小板凝集を加速するループスアンチコアグラントの出現や、血管内皮細胞を障害する補体の活性化が見られる。すなわち、この様な機序を共有する血栓性疾患、すなわち抗リン脂質抗体症候群やTMAとの相似性が指摘されている。

過剰なサイトカイン産生によるサイトカインストームも、血栓傾向の誘引と考えられる。これは血球貪食症候群でみられる状態であり、部分的に共通点を見いだすことができる。しかし、血液検査所見や臨床上の特性は、上記いずれの疾患とも完全には合致しない。したがってCOVID-19における過凝固状態は、特有の凝固異常と考えるべきであろう。

COVID-19における凝固異常・血栓症の管理

COVID-19における凝固異常のモニタリングには、D-dimerが推奨される

検査値から見たCOVID-19における凝固異常は以下のように特徴づけられる。

  1. D-dimerの上昇がみられる頻度が高い
  2. それ以外の一般的な凝固指標(プロトロンビン時間、活性化部分トロンボプラスチン時間、アンチトロンビン活性、など)は、変化が乏しい
  3. フィブリノゲンの増加が見られる
  4. 血小板数の減少はみられない場合が多い

D-dimer値の上昇は、予後指標となり得ると報告されている。ただし中国からの報告では、入院時にD-dimerの増加がみられたのは全症例の半数弱にとどまっており、死亡例においてもその割合は、6割程度であった[5]。脳梗塞の発症との関連においては、報告された5症例のうちD-dimerの上昇が見られたのは、3例にとどまっていた[2]。よってD-dimerの上昇が見られない場合でも、重症化や血栓症の発症を否定することはできない。

重症例においても、D-dimerの増加の程度は、細菌感染症と比較すると軽度にとどまる。例えば敗血症をベースとしたARDS症例におけるD-dimer値は5-10 μg/mL程度、DICを合併すればそれ以上に上昇するのに対し、COVID-19のARDS症例では4 μg/mL以下であることが多いとされる[6]。

以上をまとめると、D-dimerについては上昇がみられない場合にも油断はできず、また重症度指標とする際にも、顕著な上昇がみられなくても、慎重な対応を心がける必要がある。

D-dimerに関しては、一般にはいわゆる血栓症のスクリーニングとして測定されることが多いが、COVID-19においては、それとともに微小血管内凝固も反映する指標と捉える必要がある。したがってD-dimer値の上昇した症例では、血栓症の存在を念頭におくとともに、多臓器障害の合併リスクも勘案して、血栓リスクが必ずしも高くないと思われても、積極的な抗凝固療法の対象とするのが妥当である。凝固異常のモニタリング法として、既存の凝固マーカー以外で期待されているのは、トロンボエラストグラフィーやトロンボエラストメトリーと呼ばれる血液の粘弾性(viscoelasticity)を調べる手法である。これによりCOVID-19においては、内因系、外因系凝固ともに高度に亢進し、線溶系が抑制されていることがわかる。近年ではpoint-of-careデバイスとして普及しつつあり、凝固異常評価における有用性が期待される。

図表2
COVID-19における血液粘弾性の変化
Viscoelastic testでは、血液の凝固・線溶機能を総合的に評価することが可能である。COVID-19では著しい凝固の亢進と線溶抑制状態が見られる。

COVID-19関連血栓症の治療には低分子量ヘパリンが推奨されている

国際血栓止血学会(International Society on Thrombosis and Haemostasis)は、COVID-19における凝固異常・血栓症の問題をいち早く取り上げ、管理指針を提供している [7]。

概要は下記のとおりである。

  • 基本となるのが凝固検査である。D-dimerをCOVID-19の重症度指標として重視し、さらにプロトロンビン時間や血小板数はDICの並存を考えて、確認することとする。
  • フィブリノゲンは血栓傾向の指標となる。これらの検査値異常が顕著であれば、【図表3】においてブルーの領域に進み、必要に応じて低分子量ヘパリンによる予防的抗凝固療法を開始する。
  • 病態が悪化して非代償性の凝固不全状態となれば、補充療法を考慮する。
  • 一方、状態は比較的安定しているが(【図表3】中グリーン)、D-dimer値が正常上限の3〜4倍を超えている際は、入院治療中であれば低分子量ヘパリンによる予防的抗凝固療法を開始、入院外であれば検査を繰り返し、慎重に経過観察を行う。
図表3
国際血栓止血学会暫定COVID-19凝固管理ガイダンス
COVID-19では、D-dimer、その他の凝固関連マーカーを測定し、異常のみられる際には、積極的な低分子量ヘパリンを用いた予防的抗凝固療法を実施することが推奨されている(引用文献7より改変)。

問題となるのは、国内では低分子量ヘパリンによる血栓予防は体外循環時か、整形外科領域、もしくはハイリスクの腹部手術の周術期においてのみ保険適応が認められていることである。COVID-19対策として早急にその使用を可能とする対応が望まれる。

未分画ヘパリンに関しては、血栓治療と予防を目的とした保険適応が認められている。しかし使用にあたっては、活性化部分トロンボプラスチン時間による用量調節が必要である。また血栓症を生じるリスクの高い、ヘパリン起因性血小板減少症(heparin-induced coagulopathy, HIT)の合併にも注意が必要である。未分画ヘパリン、低分子量ヘパリン、あるいはそれ以外の血栓症治療薬については、【図表4】にまとめた。

図表4
わが国で保険適応される各種ヘパリン製剤
 
鈴木晴英