立本寺より、バス停に向かう途中に寺号標に本山の文字があり急遽参拝しました。
本門佛立宗大本山 宥清寺 |
山門
本堂
宥清寺由緒
1308年(延慶元年)に日蓮聖人の弟子であった日弁上人によって開かれ、京都における日蓮門下最初の寺院で、日蓮聖人門下京都十六本山のひとつです。
室町時代の応仁の乱(1467-1477)の兵火を逃れ丹波国亀山に移転、安土桃山時代の1599年に京都へ戻りました。江戸時代の1694年、天台宗だった宥清寺を改め、山号を青柳山と称して日蓮宗の妙蓮寺の末寺となりました。しかし、幕末の1863年には寺は荒廃していたといわれます。その後、186年廃寺同然だった宥清寺を日扇(にっせん)聖人が学問所として借り受け、後に佛立修学所と称するようになりました。戦後になると、本門法華宗から本門佛立宗が分離独立したことにともない、宥清寺は本門佛立宗の唯一の根本道場、大本山となりました。
御首題は行ってないそうです。