仕事で最近、

「おもえにしか出来ないページをつくれ」
「自分はこれなら負けないという分野を持て」

と言われた。
確かにそうなんだけれども
今までやってきたこと、興味あること、感動してきたこと
あまりに範囲が狭すぎる。
今の私はからっぽで
何が強みになるのかなぁって思ってた。

そんなとき、今月号のポパイに載っている
映画監督の是枝裕和氏の記事見てはっとした。

「詩は自己表現ではなく、世界の豊かさを記述するもの。詩は私の中にあるのではなく、世界の側にある。」という谷川俊太郎の言葉を引用し書いた記事。↓

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人と違うものを自分の中から生み出そうとすると行き詰まってしまうんですよ。それより撮る対象の持つ世界の豊かさをどう捉えるか。(中略)
パン屋さんがパンを作るときに、自分らしさなんて考えない。それより小麦粉の個性を引き出すことを追求したほうがうまいパンができる。(中略)
若いうちは、自分の個性を出すことにこだわるより、世界に自分を開いた方が成熟するんじゃないかな。
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そう。
自分の中から何か出そうとするんじゃなくて
世界の豊かさに気づくこと。
そしてそれを表現していく、という姿勢。

この考え方を知って、ちょっとほっとした。笑

私が色んな国を旅して見た、美しい景色や雄大な自然。
まだまだ知らない、世界や文化があるんだと感じた。
そんな豊かな世界に、自分を開いていけばいいんだ。

今日あるデジタル家電の体験会に行ったんだけど
世の中に新しい技術がどんどん生み出されているのを知って
まだまだ新しい可能性があるんだなって感じた。

そしてそんな世界をちょっとだけでも切り取って
誌面を通して可能性を読者に伝えていく。
そんなことが出来る編集の仕事って
ほんと素晴らしいなって思った。

そして以前読んだ本の内容も思い出した。↓

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…それが、天と地の間に垂直に立つことのできる人間の役目だ。祈り、すべての生命の魂を天に送ることが人間の義務なんだ。神はそのために人間を守ってくれるんだよ」(中略)
私が意識を持って生まれてきたのは、この世界に意味を与えるためだ。レイラさんが教えてくれた。人間がいなければ世界に意味はない。人間が存在しなければ、この世界には何の意味も与えられない。ただ、世界はのっぺり存在するだけだ…と。
この世界が美しいのは、美しいと感じる人間がいるからだ。
その世界に意味を、美しい意味を与え続けるのが、人間の役割なのだ。
 『できればムカつかずに生きたい』田口ランディ
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世界は豊かだということ。
世界に美しいと意味づけるのは人間であるということ。
是枝監督の記事をきっかけに、そんなことを思い出した。

是枝監督の映画『奇跡』が6月に公開するらしいので
どんなのか観に行きたい。


ポジティブ!

落ち込むよりポジティブ!

そんな風に考えるのがいいと言われることもありますが
ポジティブ思考をすることに私は失敗したことがあります。

それは友達に対して
落ち込んでる子を励まそうと
わざとポジティブな捉え方をしアドバイスしたり
まだまだみたいなこと言ったり…

後で正直に言ってくれた。
あの時は少しむかついたと。笑

逆に、自分が落ち込んでるとき
これは試練だなんだのと
ポジティブ思考を押し付けられ
疲れてしまったことがあります。

私は、ネガティブなことは悪くないと思うのです。
無理にポジティブなふりをして自分をごまかすより
思いっきりネガティブになって落ち込んで
涙と一緒に流した方が、すっきりすると思うのです。

つらいことがあったら言葉にしてね。
分かるよなんて言えないけど
つらいんだねって、寄り添うことはできるよ。

たまに落ち込んだときは
頼ってほしい。

でももし私がだめなときは
少し頼っていいかな。






去年のことだけれど

おばあちゃんが死んじゃったんだ。

けどそのおばあちゃんはずっと離れて暮らしてて
年に一回会えるかどうかってくらい
あまり会うことはなかった。

だから訃報が入ってきたときも
普段から会ってないだけに
実感わかなかったんだよね。
生きてるときも
亡くなってしまってるその時も
状況は何も変わらなかったから。

親には、九州まで遠いから
わざわざ行かなくていいと言われたけど
自分の中で整理出来なくて
行こうと思った。

喪服来て
お葬式出て
喪主の言葉聞いて
おばあちゃんと一緒に暮らしてたいとこが大泣きしてるの見て
私もおばあちゃんの顔みながら
小さい頃庭に出て色んな草花のこと教えてもらったなぁなんて
ささいな思い出が蘇ったりして
泣けてきた

お葬式の一連の流れを通して
私はやっと、おばあちゃんはこの世からいなくなってしまったんだと
実感出来た。

つくづく、お葬式は死者のためというより
残された者のためにあるのだと思った。



中学のとき
そう、GLAYとかはやってたとき
なんか歌詞に妙に「永遠」って言葉が出てくるなぁって思った。
どの歌手の曲にもね。

なんでそんな永遠永遠ばっかいうんだろう?
そう、思ってた。

でもある時、過去に執着してて
その時のままだと思っていたものが
今は跡形もなくなくなってしまっていたり

人のこころは変わってしまうということや
生きてるのは当たり前じゃないってこと
死ぬってこと
そんなことを知っていくと

変わってしまうことがすごく悲しかった。
『無常』って言葉に集約されるんだけれど。

どうせ気持ち変わっちゃうんでしょ
と思って
相手のいうこと信じないこともあった

若干やけくそになって
かわってしまうものに執着するより
どうせ変わるんだ
だから信じない方がいい
って思った

でもね

それでも
永遠を信じたくなるんだよね。

だからやっと分かったの。
歌詞に「永遠」って言葉がよく出てくる理由。

ほんとはね、信じてみたいんだよ。

変わらない想いとか
愛とか
関係とか

そんなテーマのストーリーに
私は弱いです。

そして
今はばらばらだけど
昔の友人とまだ関係が続いていて
たまに会って遊んだり
飲んだり

そんな関係やつながりを感じるとき
すごく嬉しかったりする

無常。
それは、仕方ない。

でもそんな儚いからこそ
たまーに感じるつながりに
すごく喜びを感じる。

だから孤独も悪くないな。
孤独じゃなかったら
みんなといること
あなたがいること
当たり前と思ってしまっていたよ





自分の思ってることを
そのまま言える人。

こどもみたいに純粋に
素直に生きている人。

そんな人を見ては
うらやましく思う。

なぜなら、自分にはない部分だから。

思ったことを、どう思われるか気にせず言う。
誰に対しても態度を変えないで、ずばずば言ってる子を見ると
そんな生き方したかったなぁと思う。

ただ自分はそんなタイプではないので
誰に対しても自分を開いていこうなんて思わない。
ただ一人だけでも、何でも言える人がいたら十分。

そう、思うんだけれども
相手が嫌だろうから、という気遣いのつもりの
自己防衛なのか
怖いのか
結局素直になりきれず
自分の中にしまい込む。

もしくは、こんな風に
ネットに吐き出す。笑

一人の方が
楽だと思ってしまうんだよね。











2011年2 月7日。
私はヨーロッパへ一人旅立った。
一ヶ月間、ヨーロッパの各都市をまわる長旅である。

成田空港に着いて、23ゲート近くのカフェの窓際で日記を書く。

ツアーでもなく
友人と一緒でもなく
旅の同伴者に自分を選んだのは
自由が欲しかったから。

こうやって物思いに耽る自由。
観光名所を通り過ぎ
河のほとりで、あるときは公園の芝生の上で
半日を過ごすような自由。

女が一人海外に行くのは危険だと思う。
訪れる国も滞在日数もアバウトで、親は相当心配してるようだ。
けど、だからといってこの自由がない旅ならば
それは私の求めてる旅じゃなくなってしまう。

今回の旅の目的は、一人でヨーロッパを放浪し
とにかく無事に帰ってくること!
そして、女一人旅できるんだよ~ってこと、伝えたい。

私は一体、何をこの旅で感じるのだろう?

…次回からす少しずつ、旅を振り返っていきます♪

$すずの気まぐれブログ
今日はもうすぐ始まる社会人生活に向け、どれくらい通勤時間かかるか予行出社。
まだ駅から会社までの道も曖昧だしw

無事会社の前に到着し、近くの大きな公園を散策することにした。

着いたのは都立砧公園。都会のオアシス!と言える、広~い公園。近くにこんな自然があるなんて、嬉しい!
photo:01



公園内に“世田谷美術館”という美術館を発見し行ってみたが、入場料分のお金がなく断念←

同じ建物の中に区民ギャラリーという展示会があり、そっちを観ることに。(こちらは無料)

4つ位の解放された部屋に、絵画や陶芸、写真など区民による展示物が並べてある。
photo:02


引退された方々が有志でやっているようで、
お酒仲間の三人組で陶芸の展示したり
砧公園で鳥を撮影してるグループが写真を飾っていたり。
作品は構図やデザインが面白かったりきれいな写真もたくさんあるけど、
本人たちが楽しそうに話してたり、または語ってくれたりしていたのが印象的。
鳥の写真展している方が『今公園で撮影してるよ!』というので、一緒にバード・ウォッチングへ行ってみたw

熱心に写真を撮っている。
photo:03


photo:04


小さな鳥たちが木にとまって実を食べてた。一人じゃ気づかなかった!
公園には100種類くらいの鳥がいるそう。

40年くらいこの公園で撮り続けてる人は、ここ10年に変化を感じている。
いつも来る鳥が来なかったり、逆に今まで来ない鳥が来たり。
来てもすぐ移動してしまうことも。
これらの変化は、環境問題によるものだという。
そんな話を聞くと、やはり自然環境は悪くなっているんだなぁと実感する。

しばらく撮影した後、先生と呼ばれる方に公園を案内してもらった。

私が趣味の雑誌の出版社にいく予定で、カメラ雑誌も出してるというと、その方はよく雑誌を買うとのこと。嬉しい!
それと趣味を持つことの魅力も話してくれた。
知り合いが写真を始めてから、おしゃれも意識し出して、生き生きしてきたそう。
それまでは引退してから何もやることなくなんとなく過ごしていて、奥さんも心配する位だったのに。

趣味といっても人にとっては生き甲斐になることもある。
そのきっかけに雑誌を通して自分が関われると思うと、やりがいを感じる。
読者にとっては何気なく買った雑誌で、読み飛ばしてしまうページもあるだろうけど、
雑誌をぱらぱらっとめくるその瞬間のために、私はこれから精一杯働きたいと思うのです。
東北地方太平洋沖地震が起きてから、初のブログ更新となります。
皆様ご無事でしょうか。こちらは自分も家族も無事です。

地震が起きてから、ツイッターでよく見る

“pray for japan”

というハッシュタグ。このハッシュタグをつけたツイートに、海外からたくさんの励ましの言葉、画像が送られてくる。

それを見て、ありがたいと思うと同時に、どこか冷めた目で見る自分もいた。

どーせ海外の人は関係ないでしょ。
自分の地域じゃないから安心してるんでしょ。
どーせすぐ忘れちゃうんでしょ……。

そんな荒んだ気持ちが、私の奥に潜んでいた。
毎日続く余震への不安。自分は何に注力していいの分からない、焦りと無力感。
色んな気持ちが渦巻いて、励ましも応援の言葉も、素直に受け止められなくなっていた。

そんな中、オーストラリアの旅先で出会った女性からメールが届いた。

title: thinking of you and the people of Japan

Dear Suzy(私のあだ名)

Over here in Australia we have been seeing the terrible pictures of the earthquake devastation and tsunami affecting Japan.
I hope that you and your family are at least safe.
Everyone I know is horrified and wish the people of Japan best wishes. I am sure that it is a stressful time for you.
I am just emailing to let you know that people are thinking of you all.

ニュースで悲惨な様子を見て、とてもつらく大変だろうと心配しているとのこと。自分、そして日本のことを思っている、という内容だった。

じーん。

旅先で偶々出会って、たった一日滞在させてもらっただけなのに、こんなに自分のことを思ってくれるなんて。
他にも、しばらくご無沙汰だった海外の友達がfacebookを通して心配のメッセージくれた。
さらにある英語のニュースを見てたら、記事の後にいろんな国の人からコメントが書き込まれていた。
http://www.boston.com/bigpicture/2011/03/japan_-_vast_devastation.html

改めて、考えた。

私だったら、やってる?

スマトラ沖地震の時は、遠い国のように感じて、募金もしてないし
オーストラリアで洪水があったというニュースを聞いて、すごく心配はしたけど、メールを送るという行為にまで至らなかった。

私が“pray for japan”を見て抱いた、少し冷めた、反抗的な感情は
そのまま、私の被災者に対する行為ではなかったのか?

距離と国境と利害を超えた、“人”へのおもいやりを
私は持っていただろうか。

遠くても、自分を心配してくれてる人がいる。
それだけで、私は本当に嬉しかった。

直接何かできなくたって、まずは身近な人に声をかけるだけでいい。
あなたのことを、思っているんだと。
それに気づいたら、今まで感じていた無力感、焦燥感がなくなった。


これがpray for japanのサイト。
pray for japan
http://matome.naver.jp/odai/2129988433846418301
遠く、ましてや顔も見えないのに、私たちを思ってくれていることに感謝。




私には小学校入学前から、つまりかれこれ20年くらいの付き合いの幼馴染がいます。

仕事も性格もバラバラな女4人で、周りからは仲良し4人組と呼ばれてました。

そんな4人が渋谷で久しぶりに会う事に☆
個別にたまに会うものの、4人が揃うのは二年ぶり!

お店は渋谷の「もやし屋」さん。もやし料理を出してるお店です。
私がここを知ったのは、友達に教えてもらってから。
料理が凝っていて、もやし中心だけど「こんなに色んな調理方法があるのかー」と、もやしの可能性を感じますw
お酒は甘いものやフルーツ系など、かわいくて種類が豊富♪

photo:01


ねぎとろ生春巻きおいしかったな~。(写真真ん中右)
デザートのチーズケーキは普通のチーズケーキと違って、あったかくてふんわりしててバニラが溶けて超おいしかった!(写真左下)
あと些細なことだけど、おしぼりがほんの~りいい香りがしてよかったチューリップピンク

4人の話は況報告から家族の事、ここには書けないあんな事やこんな事。。。
飲んで食べてツッコミ合いながら3時間くらい話してました。

次回は三月集まることに♪

もやし屋は料理のクオリティ高くて雰囲気もいいので、女子会やデートにオススメですラブラブ


今日は東京からおばあちゃん家のある千葉県までドライブしました。
全て自分の運転で!!!

免許取得から三カ月、久しく運転しておらず、ペーパードライバーになりかけでした。
危機感を持った我が家は私の運転練習をしようということで、レンタカーを借りたのです。

運転するのが恐くて不安で、ちょっと運転してから父親に代わるつもりでした。
しばらくマンションの周りぐるぐるしたら父親が「せっかくだからもうちょっと行ってみようか」と。
練習だしと思って運転続行。
運転していくうちにだんだん慣れてきた。
しかし代ろうにも止まれず。。。
「人気も車も少ない道路で、広い駐車場のあるお店」という条件で止まる場所探しても良いところは見つからず。。。
トイレも行きたいのに我慢して。。。w

結局おばあちゃん家までたどりつきました。

免許取った時、
「車で家まで遊びに来てね」
と言ったおばあちゃんの言葉を思い出して、最後の方は運転してました。
自分の運転でおばあちゃん家に行くことは、一つの目標だったのです。
だから、着いた時はかなり達成感あり!

おばあちゃんも、私の運転で来たと言うとびっくりしてました。
ほっと一息して、夜ごはんの鍋を一緒に食べました♪
photo:01


夜の運転も少ししたけど、対向車の光で視界が悪くなるし、暗くて車線は見えないし、道がどうなってるのかもわからない。
暗闇を突進む感じでめっちゃ怖かった。

それと高速はまだ乗れていません。
東京の高速は合流地点や分かれ道が多くて恐すぎます。

とりあえず今日は東京~千葉ドライブを達成したということで、オッケーとします!
おやすみなさい☆
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