啓介は左手に持っているお茶のペットボトルを思わず握り締めた。

まさか そんな 馬鹿な  ありえない。


啓介は某電機メーカーの技術部に所属する44歳のサラーリーマン。

郊外に一戸建てを購入して、自宅から会社までの通勤時間1時間30分も掛かり

朝早く家を出て 夜 終電にやっと間に合う そんな生活を送っていた。


社内で最近 新しい技術開発をするという噂が流れ、技術部に所属する者は誰しも抜擢をされないか気を揉む毎日となった。

その部署に配属されるという事は自分の力を認めてもらえた事になり、さらに社内でのランク付けがアップして 給料に反映されることに繋がるからだ。

職能給が導入されてから上司に受けのいい社員は変な話だがいいランクを貰い、啓介のようなぼくとつとした社員はその恩恵にあやかる事がなかなか無かった。


人事異動の発表の日、社内は静かな興奮に包まれた。

あの 啓介が抜擢されたのだ。


しかし、この技術開発は時間の制限がなく へたをすると24時間拘束される。

覚悟が無いと出来ないもので、啓介は妻と相談をして会社に近いウィークリー制のマンションに住む事になった。


二人の間には洋子という一人娘がいた。

中学二年生で一番の反抗期の真っ只中で特に父親の啓介とは顔も会わせないが、もちろん 口もきかない状態だった。


家のことは妻に任せて仕事に没頭する毎日が続いた。


ある日、何気なく部屋のパソコンから若手達が言っていたチャットルームを覗いてみた。

ほんの好奇心からで暫らくは眺めていたが、そのグループを仕切っているような女の子がしきりに入ってくるように啓介に勧めた。

他愛もない会話だが仕事の話しかない啓介の毎日の中で 何か ふっと安らぐものを感じた。


会社から部屋へ戻るとまずパソコンのスイッチを入れる習慣が身につき、一度はそのチャットルームに入って 会話を楽しむ毎日に変化していった。


よくよく 見てみるとそのチャットルームは彼女の部屋であとは全て彼女のお客だった。

そう 彼女は気に入った男性だと判ると 別のルームへ招待して二人だけの会話を楽しみ、その間 待機している男性達がなんたらかんたらと言いながら彼女がその専用の部屋から出てくるのを待っていた。啓介もその一人になってしまっていたがなぜかそこから離れられなくなってしまい、

自分でも可笑しいのだが その他の男性達に嫉妬をするようになった。


ある時 彼女が啓介を指名してきた。

飛び上がるほどの歓びが指の先から踊るように出て、胸の震えを押さえながら彼女との会話を楽しんだ。


もう 完全に彼女の虜になってしまった啓介は家に戻ることは無く、暇さえあればパソコンの前に座り、彼女を待った。


ある日 彼女が二人の会話の時にこんな事を言った。

思うようなバイトが無くて生活がきちきちでこんなふうにパソコンで遊んでいられなくなったと、あと2,3日したらこの部屋は止める覚悟だと。


啓介は慌てた。 折角 楽しいひと時過ごせてきたのに 今 ここで彼女が止めてしまったらひどく落ち込んでしまう。彼女を独り占めに出来ないだろうか。


啓介は彼女に二人で会うことを提案した。

彼女の返事はそれには条件があると・・・

啓介はその言葉に絶句したが 嬉しくもあった。

それは愛人契約だからだ。

月の手当ての金額も決め 会うことになった。

目印は左手にお茶のペットボトル、右脇に週刊誌。


当日 指定された駅のコンコースへお茶のペットボトルと週刊誌を持ち、はやる気持ちを抑えながら向かった。


それらしき女の子が同じ様に左手にお茶のペットボトル 右脇に週刊誌。

啓介はもう嬉しさの余り駆け出した。


振り向いた彼女は娘の洋子だった。