不動産データを集めながら考えた「空室」の正体
ScrapeStormで不動産データを集めていて、少し驚いたことがある。
日本の賃貸住宅には、家具がほとんど付いていない部屋が多い。ベッドも、テーブルも、収納家具もない。物件によっては、部屋の天井に照明器具すら設置されていない。
正確には、照明を取り付けるためのソケットだけがあり、入居者が自分で照明器具を用意する形式だ。キッチンや浴室の設備は整っていても、居室の明かりは入居者の責任になる。
初めて部屋を借りる人にとって、これは意外に大きな負担だと思う。
契約が終わり、鍵を受け取って部屋に入る。そこには床と壁と窓がある。けれど、夜になっても明かりがない。カーテンも、寝具も、冷蔵庫もない。住み始めるというより、まず生活の道具を搬入するところから始まる。
「何もない」は、自由なのか
日本の賃貸住宅が家具なしで提供される理由はいくつかある。
入居者が自分の家具を持っていること。家具付きにすると、家賃や管理費が上がること。前の住人の家具を維持・交換する手間が発生すること。そして、部屋を長く使う人ほど、自分の好みに合わせて生活空間をつくりたいと考えることだ。
確かに、家具がないことには自由がある。
大きなベッドを置くこともできるし、床に座る生活もできる。仕事用の机を置くか、食事用のテーブルを置くかも、住む人が決められる。家具を固定しないことで、住む人の生活に合わせて空間を変えられる。
しかし、その自由は、何も持っていない人にも同じように働くわけではない。
家具を買う費用が必要になる。サイズを測り、配送日を調整し、組み立てなければならない。照明器具を選び、カーテンの幅を測り、冷蔵庫や洗濯機の設置場所を確認する。
「自由に使える部屋」は、見方を変えれば、「住める状態まで自分で整えなければならない部屋」でもある。
照明がないことの違和感
家具がないことは、まだ理解しやすい。
住む人によって必要なものが違うからだ。ソファが必要な人もいれば、床で生活する人もいる。ベッドを使わない人もいる。
けれど、照明はもう少し基本的な設備に思える。
部屋に電源があり、照明用の接続口もある。それでも器具は設置されていない。これは、日本では入居者が照明を持ち込むことが長く一般的だったからだろう。
この方式は、住宅を簡単に空室へ戻せるという点では合理的だ。照明器具の故障やデザインの好みに、貸主が対応する必要も少ない。
一方で、物件情報だけを見ていると、照明の有無が分かりにくいことがある。「照明あり」と書かれていなくても、接続口はあるかもしれない。「設備」として記載されていなければ、入居者が用意するものだと判断しなければならない。
不動産データを扱うなら、こうした情報を単なる有無だけで整理してはいけないと思う。
照明器具があるのか。接続だけなのか。共有照明で代替できるのか。入居日にすぐ使えるのか。これらは、生活の始まりやすさに関わる異なる情報だ。
空室の写真は、生活を写していない
日本の賃貸物件の写真には、家具のない部屋が多い。
何もないからこそ、広く見える。入居者が自分の家具を置いたときの想像もしやすい。物件同士を比較するには、空室の方が条件を揃えやすい。
ただ、空室写真からは生活の最初の数日が見えない。
床の上に段ボールが積まれ、夜は仮の照明で過ごし、カーテンがないため外からの視線が気になる。家具の配置を決める前に、コンセントの位置や搬入経路に悩む。
部屋の価値は、面積や駅からの距離だけでは決まらない。入居者がどれほど少ない手間で、安心して生活を始められるかも重要な条件だ。
同じ1Kでも、照明、カーテン、冷蔵庫、洗濯機がある部屋と、何もない部屋では、入居時の負担が大きく違う。
家具付き住宅が向いている人
家具付きの部屋は、すべての人にとって得とは限らない。
長く住む人には、家賃や家具の品質、収納の使いにくさが気になるかもしれない。自分の家具を持っている人にとっては、不要なものが増えるだけになることもある。
一方で、短期滞在者、留学生、転勤者、初めて一人暮らしをする人にとっては、生活開始までの時間を大きく短縮できる。
ここで大事なのは、「家具付きか、家具なしか」という二択だけではないと思う。
照明だけ用意する。カーテンだけ付ける。ベッドと冷蔵庫だけ備える。必要なものを選べるパッケージにする。こうした中間的な選択肢があれば、貸主と入居者の双方にとって現実的かもしれない。
住宅データに必要なのは、生活者の視点
不動産情報は、間取り、面積、築年数、駅距離、賃料といった項目で整理されることが多い。
しかし、実際に部屋を借りる人が知りたいのは、それだけではない。
入居初日に明かりがあるのか。カーテンをすぐ取り付けられるのか。家具の搬入はしやすいのか。エアコンは設備なのか、残置物なのか。前の入居者が置いていったものを使うのか。
こうした情報は、数字にしにくいから省かれやすい。けれど、住み始める人にとっては非常に具体的な判断材料になる。
空室とは、何もない状態ではない。
そこには、貸主が用意しなかったもの、入居者がこれから背負う作業、そして日本の賃貸市場が当然としてきた生活の前提が含まれている。
家具も照明もない部屋を見て、私は「不便だ」とだけ感じたわけではない。その空白が、誰にとっては自由で、誰にとっては障壁になるのだと思った。
これから不動産データを見るときは、部屋の広さだけでなく、そこから生活を始めるまでに必要な時間と費用も読み取りたい。
