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九州の冬は、他県の方が思うよりもずっと「冷え」が身体の芯まで届くものです。特に山沿いの地域では、玄界灘から吹き下ろす風や、阿蘇の裾野を撫でる冷気が、容赦なく家々の隙間を通り抜けていきます。そんな寒い日に外で遊び回り、靴下がびしょびしょになるまで雪と戯れた後、逃げ込むようにして入るのが、祖母の家の「こたつ」でした 。


 暑すぎるくらいの「ちょうど良さ」

祖母のこたつは、いつだって少しだけ暑すぎました。潜り込むと、熱気が肌を刺すようで、「ばあちゃん、これ暑かよ(暑いよ)」とこぼすと、祖母は決まって「我慢しなっせ」と笑いながら答えました。


不思議なことに、その「暑すぎる熱」が、冷え切った体にはちょうど良かったのです 。最初は痛いくらいに感じた熱が、次第に心地よい温度へと変わり、凍えていた指先や足の裏がじんわりと解けていく。それは、厳しい冬を乗り越えるための、私にとっての大切な儀式のようなものでした 。

 

 こたつの中には、いつも変わらない静寂と安心感がありました。祖母の手元では、マフラーやセーターを編む竹の棒が「カチャカチャ」と音を立てていました。その規則正しい音を聞いていると、「今日も何も悪いことは起きない」「何も変わらない」という確信が持てて、ひどく安心したのを覚えています。


かごの中に転がる「小さな太陽」

「みかんば食べんね」。祖母がそう言って差し出すかごの中には、小さな太陽のようなみかんがいくつも転がっていました 。

 九州の冬の恵みであるその果実を一つ手に取り、ゆっくりと剥いていきます。白い筋まで丁寧に取り除くと、祖母が「偉かね(偉いね)」と褒めてくれました。口に広がるその甘さは、夏の瑞々しい甘さとは全く異なります。冬の甘さはもっと優しく、もっと深い。それはまるで、厳しい寒さを知っているからこそ引き出せる、凝縮された優しさのようでした 。


降り積もる雪と、手渡される温もり


窓の外では、九州の短い雪が音もなく降り始め、世界を白く塗り替えていきます。しかし、こたつの中だけは別世界でした。みかんの香りと、祖母の体温、そして編み物の音。それ以上に必要なものなんて、何一つありませんでした。


私は眠いわけでもないのに、ただその場所にいたくて、祖母の膝に頭を預けました。編み棒を持った祖母の手が、器用に、そして優しく私の髪を撫でてくれます。毛糸がふわりと肌をくすぐる感触さえ、愛おしい思い出として胸に残っています。


「ばあちゃん、ずっとこうしとたい(こうしていたい)」 。そう呟くと、祖母はふっと笑い、「そうね」とだけ言って編み物を続けました。その短い言葉の中に、私の願いも、祖母の深い慈しみも、すべてが包み込まれていた気がします。


 繋がっていく冬の光景

月日は流れ、あの家も、大好きだった祖母も、もう今はここにありません。それでも、冬が来てみかんを剥くたびに、あの午後の記憶が鮮やかに蘇ります。柑橘の爽やかな香りの中には、今も祖母の手の温もりが混ざっているような気がするのです。


今、私は自分の家でこたつに入っています。隣では孫が座り、嬉しそうにみかんを剥き始めています。その小さな手を見ていると、私はあることに気づかされます。


冬という季節は、こうやって繋がっていくものなのだ、と。

みかんの香り、こたつの熱、そして誰かを想う温もり。それらはすべて、誰かから誰かへと大切に手渡され、厳しい寒さを温め続けてきました。外がどれほど吹雪こうとも、冷たい夜が訪れようとも、私たちのこたつの中には、いつも変わらず「小さな太陽」が灯っているのです。


(おわりに)九州の冬は、物理的な寒さだけでなく、こうした人との繋がりの温かさを再確認させてくれる季節でもあります。それは例えるなら、「冷え切った冷水の中に一滴ずつ落とされる、黄金色の蜂蜜」のようなものです。時間はかかりますが、その甘さはゆっくりと全体に広がり、私たちの心を芯からとろかせてくれるのです。あなたの冬にも、誰かから手渡された「小さな太陽」がありますか



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