▪️高千穂の旅 2日目


昨日の夜、高千穂神社の夜神楽を予約していなかった。



宿は19:30に車を出して高千穂神社まで連れて行ってくれるサービスもされておられた。


19時から販売の当日券を高千穂神社で購入して観ることも考えたが、部屋でゆっくりすることにしたお月様


ぐっすり眠れた2日目の朝、部屋のお風呂に入って目を覚まして朝食会場へ。

これまた、少しずつ盛られた土地のものや自家製豆腐が胃に優しい照れ

コーヒーも出して頂き、準備万端。


宮交バスセンター行きのバスの時間まで、西本宮の斎館を覗く。

本日は、重要無形民俗文化財「高千穂の夜神楽」のひとつである高千穂の夜神楽33番が、朝10時から夜10時まで舞い続けられるという。


ここで神楽を見るという選択肢もあるが、予定が目白押しなので断念チュー

地元の方々が大勢、集まっておられた。





参道からバスに乗って、宮交バスセンターへ。

車窓から見える朝の光に照らされた棚田が美しいキラキラ



バスを降りて、”あまてらす鉄道”のある高千穂駅へ、登り坂を歩く🚶



見えてきた✨




その時点で1番早く乗れる12:20の回に申込む。

10分前の集合時間まで、約2時間近くあるので、まずは高千穂神社へ。



推しの子”とのコラボもあり、連休でもあり、多くの方々が参拝に来られていた霧





夜神楽が舞われる神楽殿キラキラ


春馬くんの安寧と称賛を祈る🙏

鎮石にもお祈りした🙏



高千穂神社から、春馬くんが行ったであろう道の駅高千穂へ向けて歩く🚶‍♀️








トマト🍅(よく読んだらトマトジュースだった笑い泣き)もヤマメもお手玉も売っていなかった。

(がまだせ市場で帰る間際に発見できたニコニコ)

春馬くんも、もしかしたら、がまだせ市場で買ったのだろうか?



同じ経営とのこと。


そうこうしているうちに、グランド・スーパーカートの集合時刻が近付いてきたので、高千穂駅へ頑張って歩く🚶‍♀️


30人乗りのカートが2台。満席🈵

お天気にも恵まれ、これは良い眺めが見えるに違いない。


2005年9月6日の台風14号🌀の猛烈な暴風雨で甚大な被害を受け、存続の声虚しく廃線ショボーン

復活を期待して沿線の皆さんが力を合わせて、高千穂駅から東洋一の眺望といわれた高千穂鉄橋まで、往復5km、約30分の旅。













駅は当時のまま残っている。


延岡まで利用されていた鉄道🚃

橋の先のトンネルを超えると、桜桜の名所だったらしい。無念だろうなぁ。自然災害は避けようがないショボーン


お米の販売をやってますのでよろしくとのお話。

天日干しの稲穂🌾が見えた。

地域貢献、美味しいのは間違いないという事でひとつ購入。



絶景のカートの旅を終えた後は、いよいよ幼少期からの憧れ高千穂峡へ。


Google mapで徒歩20分と出たが、車道の脇の坂道を降りて行くので、結構大変だった笑い泣き



見えてきた。ここで春馬くんが鯉に餌をあげて、楽しんだ場所。早速真似っこウインク

確かにお目当ての鯉がなかなか食べてくれない。

黒い小さいのはすばしこいガーン



いよいよ真名井の滝へ向かう照れ

春馬くんは駐車場から向かったであろうから、私と反対方向から歩いてきたと思う。













春馬くんも真名井の滝の絶景をみて、ここに来て本当に良かったと言っている。

同じ気持ち照れ


伯父の家にあった写真のままの景色が、変わらずあったカメラ


連日の雨で水量が増えているせいか、ボート🚣には誰も乗っていなかった(ボート乗り場に確認はしていないが恐らく)。


橋の上からキラキラ


帰りは流石に歩くのは断念して、30分間隔で出るシャトルバスを利用。

高千穂バスセンターには止まらないので、最寄駅の神殿(こうどの)で降りる。
神殿近くの”がまだせ市場”で、トマト🍅とお手玉とヤマメの代わりに鶏肉の炭火焼きを購入。

トマトを食べたと勘違いしていたため、濃厚なトマトジュースを買わなかったおーっ!





バスの待ち時間に食べた高千穂牛コロッケがメチャメチャ美味しかったよだれ



たかちほ号も推しの子とのコラボ電車



夕暮れの景色を眺めながら、時々ウトウトしながら終点の熊本駅まで約3時間。


「日本製」の第2回、宮崎県の旅バス

進撃の巨人の番宣やらキンキーブーツの準備やら、何かと忙しかっただろう。


そんな頃、春馬くんが掲載されたEsquire2015年9月の記事 ”君子時代”

プラスアクト 2015年9月号もこちらも、本当にかっこいい照れ



2020年、テレビでの「日本製」発刊のインタビューで、確か、5日間で7県回って(動画見つからなかったので日数は?)、あの時は死ぬかと思ったと笑いながら話していたね。


若い時から、ずーと走り続けて、2017年の留学も半年の予定がプライベートや仕事の関係で2ヶ月に短くなったと言っていたね。


「日本製」で一緒に回られたスタッフも、引っ張りだこの俳優のスケジュール調整など、忙しかったんだろうなぁ。

写真や文面から、スタッフとの仲の良い関係が垣間見えて、春馬くんは楽しかっただろうなぁと嬉しくなるおねがい


“今はまだ言葉が見つかりません”と追悼されていたプラスアクト 2020年9月号(取材日は6月下旬)。

今はどんな思いでおられるだろうか。


春馬くんとの思い出を鼎談みたいな形でもいいから、話してほしいお願い

あの時、こうだったんだよねーとか語ってほしいなぁ。そういう機会が来ることを祈っていますおねがい




まだまだ、色々考えているって言ってたじゃない。

やっぱり最後は何でだよー悲しい