いつも誰かに追われている。
いつも誰かに見られている。

私は誰から追われているのか?
隣近所、職場、お客さん、道行く見知らぬ者たち、子供たち、その母親たち、役所の者たち、坊主、教師、小使い、宅配、老人、それはニヤッと付いてくる……、

具体的な誰か1人や2人じゃない、とんでもない、もっととてつもない大きな人数。言うなれば、全ての人から追われている。
おそらくそうに違いない。
私は今、全ての人から追われている、
床に耳あり、障子に目あり、便所でも風呂でも寝床でも、私の全ては見られているのだ。

🏯
世は戦国
(一応、これは時代物である。侍の私と女。そしてとらさんとの物語である。)

私は、戦さに明け暮れる侍の身。
罪なき多くの人が殺されるなか、私は生き残ったのだった。

だが、次なる戦争が既に始まっていたのだ。この戦争は刀や鉄砲ではない。ニヤニヤしている。実にふざけている。何の真剣味もない。バカにしている。どいつもこいつもだ。人を人とも思わない。そのくせニヤニヤしている。私一人を悪者にしている。女や子供も敵なのだ。そして誰一人として戦おうとしない。戦う気の無い戦争なのだ。

🍃
私を付けて来た女が居た。
私は女を呼び、問い詰めた。
「おぬしは忍びの者か?」
女は口をきかない。ただ首を横に振る。
まだ幼い顔立ちの女。白い手には笛を持っていた。
「おぬしの笛の音は、ずっと前から聞いている。私の行く先々で、必ず聞いているのだ。だから、その音色は覚えている。」
女は、黙ったままだった。

「姫ちゃ〜ん!」
急に男の呼ぶ声がした。
「姫ちゃん、そんな所に居たのか。探してたんだよ。」
男は、私と女が腰掛ける川岸へやって来た。四角い顔の男。町人か?しかし町人にしてはどうも胡散臭い。額に汗する感じがしない、与太者、素浪人、博打打ち、渡世人…そんな所だろうか?

男は、私と女の間に割って入って来た。
「姫ちゃん、大丈夫だったかい?
この人は誰?」
男と私は目が合った。私は思い出した、この男とは面識がある。

「お侍さんじゃないですか…?」
男の方も覚えていた。

男が姫ちゃんと呼ぶ例の女に聞いた。
「お侍さんに何を聞かれていたの?」
女は又、うつむいて黙っていた。
「その笛はどうした?いつから笛なんか持ってるの?」
男の声は、徐々に真剣な響きとなっていた。

「いいの、とらさん。
    悪いのは、私の方なんだから。」

女は走り去った。

残された男と私は、気まずい空気の中お互いの事を思い出していた。

「お侍さん、あの娘の事はどうかそっとしてやっておくんなさい。」
男は頭を下げた。

「おぬしは、確かだんご屋でしたな。とら吉殿。」
「人呼んでフーテンのとらと発しやす。あっしの家は、この辺りではちっとは名の知れただんご屋でございます。しかし、こんな町人風情がお侍さんの身辺をウロウロ嗅ぎ回るマネをするなんて、とてもあっしにできることでは…」

とら吉は、そう言いながらハッと我に返った。
「あっ、いけない。いやいや…お侍さん、あなたの身辺を嗅ぎ回るなどではなく偶然にもあの娘が通りがかり……」

「わかっている、みなまで言わずとも。」
私がそう言うと、とら吉はうつむいた。

「悪いのは私の方なんだから。あの娘はそう言いましたね。子供にそう言わしちゃいけない。あんな年の娘に、こんなマネをさせちゃいけないよ。」

とら吉は、うつむいた顔をあげた。

「お侍さん、あの娘の言うとおりだ。悪いのはあなたじゃない。みんな分かっている。悪いのはあっし達だ、あの娘だって悪いわけじゃない、こんな事をさせちゃいけない、大の大人が子供達にこんな事をさせちゃいけないんだ。」

「では、元々誰がやらせているのです?」
私は聞いてみた。

「口が裂けても言えぬという事もございます。そこが渡世人のつらい所でございます。」

私は、それ以上は聞かなかった。

「ようやく目が覚めました。あの娘の言うとおり、悪いのはあっしの方でございます。ここで何時ぞやの詫びの一つも出来ないようじゃ恥の上塗り、どうか家に来てやっておくんなさい、お侍さん。
あっし共は、只の貧しいだんご屋でございます。
他の者が何と言おうと、あなたが悪い人じゃない事くらい、あっしにゃ分かります。
何の学もない、手に職もない、くだらない代物を手八丁口八丁で売るだけのヤクザな商売、それでもこんな馬鹿げた酷い事を人としてやっちゃいけない、町の者がこれ以上間違いをおかしちゃいけねえよ、そんな事はこのあっしが許さない。」

🍡
賑やかな通りを歩いた。
私はとら吉に連れられて例のだんご屋へ…

……………

だんご屋の家族は集まっていた。

「あっ、今のお兄ちゃんじゃない?」
妹のさくら子がおばちゃんに言う。
「えっ!とらちゃんが帰って来たのかい」

「とらじゃないか。」
「よく帰って来たね、とらちゃん。」

「おいちゃんおばちゃん達者だったかい?とらやの皆様、お揃いで丁度ようございました。今日は大事なお客様をお連れしております。」

「兄貴〜!そのお侍さん、あかん。家に入れたらあかん。」

「何だとお前は。客人に向かって何て失礼な事を言うんだ!」

「あかん、ほんまにあかんのや!」

「お兄ちゃん、どういう事?そのお侍さんとどこで知り合ったの?ちゃんとみんなに説明しないと。」

「そうだよ、とら。言ってくれないと分からないじゃないか。」

「それを今から説明するんじゃないかよ。
大の大人が揃いも揃って、一体何をやってるんだい?これは何の騒ぎだ?お祭か?」

「とらさん、大変だよ。うちの工場の連中が騒いでるよ。その…言いにくいけど、だめなんだよ、、」

「兄さん、僕だって兄さんのお気持ちはわかります。でもこればっかりは…、」

「なんだ、なんだよ。お前らまで。まだ俺は何も言ってないじゃないか。」

「社長さんもひろ吉さんも、それからがんちゃんも。どういう事なの?私も分からないわ。」

「さくら子さん、ここじゃ言えないよ。後で俺がちゃんと説明するから。とにかくねえ…、ダメなんだよ…。」

「社長、それからみんな。
誰に言われて俺たちはこんな事をやってるんだ?毎日毎日、人の周りをウロウロ嗅ぎ回り、ツケ回し監視して挑発する、一体どっちが犯罪者なんだよ?」

………

私は、このだんご屋のドタバタ劇を見た事があると思っていた。自分の事を言われながらもなんだか懐かしい気持ちであった。
そしてまだ、このくだりは続きそうだ。
そうだ、これはあの映画だ。
(男はつらいよシリーズを知らなかったら、いや知ってても、何のこっちゃ分からなくなってしまいましたが…このお話はフィクションです、実際の男はつらいよとは関係ありません)


「とらさんは、その人を助けたいの?」

「当たり前じゃないか。
お前達がもし逆の立場だったらどう思う?
こんなに大勢の人から見張られて精神的に追い詰められたらどうなる?」

「自殺したっておかしくないんだよ。もしこのお侍さんが亡くなったら、その時は、お前達が殺人犯だ。」

「大変な事になって来たよ〜、」

「おい、見世物じゃなねえんだ!なんだ!町中の奴らが店の前に集まってるじゃないか。いいか町の衆!金輪際、寄ってたかって1人の人を監視するんじゃなねえ!お前らはロボットか?お前らはそれでも血の通った人間か?悪いのはどっちなんだ?」

「とらさん…」
「お兄ちゃん…」

「あっ!救急隊が来たよ。」
「あと火消し屋も!凄い人数でコッチに向かってくるよ。とらさん、やっぱり大変だよこりゃ。」

「畜生め。そんなこたぁ承知の上だ。お前達、みんな負けるんじゃねえぞ。もうこんな事に加担するのはゴメンだ、はっきり言ってやれ、いいか、絶対に負けるんじゃねえぞ!」

…………


時代設定は昔の設定だが、このドタバタ劇の後、とらさんが駅のベンチで目を覚まし、あっ夢だったのか❗️という所でオープニングの歌っていうパターンだよな、と私は思った。







映画「男はつらいよシリーズ」
とらさんが帰って来た。
12月27日から公開中。


もし「とらさん」だったら、どんな事を言ってくれるんだろう?

今のこの国の姿、
人の姿、人の在り方に。