春のあたたかい日々が訪れた。

私は、
朝食を食べていなかったので、
公園で、おにぎりとコロッケを、
食べることにした。
ポカポカ陽気で外の方が、気持ちがいい。
おにぎりとコロッケは、
ついさっきコンビニで買ってきた。
「レシートはいりません!」
と言った。
はっきりそう言ってやった。


公園には、まだ桜が咲いている。
ベンチの下にヒラヒラと散った花びらが、
何枚か落ちてはいるが、
まだまだ眩しいくらいのピンク色が、
けなげな姿で樹々にしがみついている。

「桜の樹の下には屍体が埋まっている!」

という名言があるが、
今時はそんな物騒な事は言うな、と言われそうだ。ベトナム人の女の子が殺された事件で、同じ学校に通う小学生の父親が逮捕されたという。
なんの為に殺す必要があるのだろう?
動機が謎めいている。
子供が殺されることが多いって、なんでなんだろう??

私はそんな事を考えながら、
ふと隣のベンチに目をやった。
いつの間にか、OL風の女性が一人で、
お弁当を食べている。
地元のへんぴな公園に、
OLさんって珍しいなと思いながら、
正面を向くと、いつの間にか、
学生風の3人組が、
座っておしゃべりをしている。
その向こう側には、いつの間にか
初老の男性2人組が、トボトボと花見をしている。
よく見ると、OLさんの奥のベンチにも、
作業着の男が1人、弁当を食べている。
いつの間にか…。
ほんの5分程なのだ。私がベンチに座った時には、まだ人は1人も居なかったのだ。
それは本当のことだ。
私の見間違いではない。

私が、コロッケに手を伸ばすと、
今度は、2人組の若い母親が、
自転車に乗って入り込んで来た。
1人は小さな女の子を乗せている。
私のベンチのまん前でキキーと停まる。
自転車の後ろに、
「○○パトロール」
と書いた看板が貼ってある。

「○○さんの所の、○○ちゃんって、
A学園中学入ったんやってねぇー。」
などと、
よその子供の話で盛り上がっている。
私は別にその話を聞いている訳ではないが、思いのほか声が大きいのと、また、
私のベンチとの距離が近過ぎるのだ。
1人の女性は時々こっちに目を向け、
コロッケを頬張る私を見ているような、
見ていないような…
嫌な視線で、結局は見ているようだ。

私は頭上の、桜の木を見上げた。

「ひそひそと花が降ります。
    それだけのことです。
    外には何の秘密もないのでした。」

私は公園を出た。
自分の自転車に乗ろうとすると、
脇に2台の車が、
停まっているのに気がついた。
1台の車の中には、人が居て、
自分の顔を覆い隠すようにして、スマホをはじいている。

自転車に乗った途端に、
正面から、ゴミ清掃車が突進して来る。
私の目の前で急ブレーキをかけた。
タイミング的にはぶつかる寸前である。
思わず運転手の顔を睨んだが、
彼はそっぽを向いて、気づかないフリをしている。
正面に人がいるのが、わからないはずはないのだが…。
私の日常生活はいつもこんな感じだ。
いつも誰かが、誰かの乗り物が、
私の目前に突進し、衝突まぎわで、
何故か見事にブレーキをかける。

私はまた歩きはじめる。
何事もなかったように、もとの仕事に
向かうのだ。
花びらが散るように、
1人、また1人と、
公園から人が去って行く。
何故かそこに集まった人びとも、
車に乗り、スマホを閉じてエンジンをかける。
自転車に乗り、
長い髪を手で梳かしながら
思い思いの桜の木の下を、後にする。


やがて、
花びらがすべて散り終えた時、
そこにこの桜の木があることを、
私たちは覚えているだろうか。

私たちは、またこの道を歩くだろう。
夏になり、秋になり、冬になり…
この桜の木の下で、
私たちがまた出会うとき、

私たちは、この木を見上げる事もなく、
振り返って注意を払うこともなく、
ただ、
この桜の木の下を通り過ぎるのだ。
何事もなかったかのように
まるで何事もなかったかのように…。


「桜の森の満開の下の秘密は 
       誰にも今も分かりません。」



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引用:
 櫻の樹の下にはー梶井基次郎
 桜の森の満開の下ー坂口安吾