時として、「自分再発見」の瞬間は来るものです。
先日、仕事の話をしている際に、僕にも「そうなんだ」と思う瞬間がありました。
もちろん、周りの皆さんが真剣に話しているとき、そんなことを考えていたので大変失礼だと反省もしています・・・Y(>_<、)Y
それは品質保証や信頼性保証の話しの流れで、規制当局の要求事項や通知が云々の話題のときでした。やはり話の流れは、どうしても要求される書類が作成されていればOKみたいな雰囲気になってしまいます。そうなると、全く興味を失ってしまう自分がいて、それを自分自身でもコントロールできず困ってしまいます。(きっと、つまらなそうな顔をしているのだろうな・・・)
その時、自分の中で何かに気付いたように感じました。そして、そのことを何となく考えていたら「自分って、そういう人なんだ。そうなんだ。」と思う瞬間が来たのです。
人生において、それで進む道が決まるような”出会い”が誰にでもあると思います。
例えば、フェルマーの『xn+yn=zn』に出会って数学と恋に落ちたという人もいますし、
アインシュタインの『E=mc2』に出会って物理の世界にはまったという人もいると思います。
もちろん学校で出合った教師の影響で進む道が決まった人もいるでしょう。
僕にとって、最初の出会いはメンデルだったように思います。すなわち、『Aa × Aa の両親から優性:劣性が3:1で生まれる』という説明を高校1年で教わったときに、すごく世界観が変わったような気持ちになったのです。
なんて美しい理論なんだと感じ、そして、それは自然界が生み出している法則であることに驚いたのです。それ以降、「生物」の授業にはまっていったように記憶しています。
そして、もう一つの出会いはコッホだったように思います。大学に進み、細菌学を専攻するようになったきっかけは、彼の4原則に魅せられたからです。すなわち、
(1)ある一定の病気には一定の"微生物"が見出されること
(2)その微生物を分離できること
(3)分離した微生物を感受性のある動物に感染させて同じ病気を起こせること
(4)そしてその病巣部から同じ微生物が分離されること
このシンプルかつ理にかなった考え方に強く惹かれたように思います。
そんな自分の過去を思いながら、共通点を考えたとき、自分は「論理的に破綻が無く、ストーリーとして証明が成立する」瞬間を目にすることに快感を感じているのではないかと気付いたのです。
話をいっきに戻すと、現在の業務において「品質保証」「信頼性」「Validation」等はとても重要なキーワードです。これらを担保するための方法として、「言われた通りにやったから」とか「資料が全部揃っているから」というだけではなく、『論理的に破綻が無く、ストーリーとして証明』出来たら良いなぁと、常々考えているように思います。
そう考えると、日々の業務は単なる書類整備ではなくて、「これって、やっぱりサイエンスだよなぁ」と思えて、ちょっと嬉しかったりするのでした(o^-')b