人様の好みを自分の価値観で
否定してかかるバカタレが
その主張の違和感に
気づくことができないのは

「正義感の正当化を」

お守りにしているからです。

今までの経験はともかく
好みの考え方を疑うのは
縦社会に生きていたい
人間にとっては苦痛、
幸せになれる考え方が
不幸せに思えてしまう。

「莨は悪ですよ!」

非喫煙者はこうは
思わないわけです、
好きな莨を無理やり
自分から奪いとらなければ
いけない考え方を好み
悪者に仕立て上げることで
生きやすさを感じて
安心しているだけ。

なぜならそれが
社会的には立派で誠実で
健全な人物像が
成立してしまうから、
世の中全体がそのような
システムで稼働中、
疑いを抱くことのほうが
おかしいと思われます。

しかし、
だからといって
莨をやめるだけのことで
禁止行為を美化する
必要性などなく、
必要なくなったから
吸わないで生きている
ただの非喫煙にあれば
社会人として普通に
健全でもいられるのです。

わかりますかね、
意図的に嫌煙を好む
その考え方がいかに
なんの意味もないどころか
敢えて自滅を望んでいる
悲観的なものなのか。

もう一度書きますが、
莨をやめるだけなら
悪だの有害だの吠えずに
黙って非喫煙であれば
良いだけだということ。



【至福の愛煙論】 

『嫌煙者にとっては莨が悪で有害な事実の証明こそが生き甲斐、なぜそうなるのか、簡単です、理屈上の社会正義が心地よいから。』

2023/01/14
愛煙家の拠り所
志村    嘉仁



Twitter界のオカンさんとの対談
https://stand.fm/episodes/5fcaf5671522a74c3c2e7ef0

今日の「秒速音声」メッセージ


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莨とともに笑顔であれ!