煙草をやめることに苦悩してる人が
ただの迷信を確信だと
思い込んでしまっていることの一つに
「一本でも煙草を吸ったら喫煙者に戻る!」
というものがあります。
これは嫌煙者がお勧めしている
煙草有害説を元にした禁煙方法の
デメリットそのものであり、
結論としてはただの迷信、
なんの根拠もない方法論に
振り回されているだけなんです。
普通に考えてみてください、
煙草が必要なくなってやめた人は
非喫煙者であり、
煙草のことを考えることなく
人生を歩んでいます。
つまり、
「煙草有害説に振り回されて
煙草をやめなきゃ健康には
なれないと思っているから」
本当は煙草を吸いたいのに
無理に煙草をやめるように
思考を操作されてしまって
このような迷信を確信だと
錯覚してしまっているのです。
【非喫煙者は禁煙しないし煙草に興味がない。】
煙草を吸ってきて禁煙する人の多くは
離脱症状、禁断症状、ニコチン依存症、
主にこの言葉と戦わなければいけないと
思い込まされてしまっています。
さらに、
「煙草は百害あって一利なし!」
この考え方が
煙草をやめにくくさせている
原因そのものであり、
煙草のことを考えて吸いたくなって
たった一本煙草を吸ってしまったら
喫煙者に戻るといった
思考につながるわけです。
煙草のことを考えてしまうのは
煙草の有害性が原因、
喫煙者は全員ニコチン依存症、
どうしても禁煙が難しい場合
禁煙外来でニコチン依存症を
治療する必要がある、
この考え方が世論で正当化されていて
疑う術が全くないがために
無意味に苦悩させられ
嫌煙者の都合のいいように
弄ばれてしまっているのが
現状なんですね。
○一本お化けは嫌煙者による巧妙な禁煙失敗誘導作戦!
決して陰謀を暴露したいわけではなく、
煙草をやめるだけのことに
苦悩すること自体おかしい事実を
主張してる人があまりにも少なすぎる、
というよりみたことがないので
本当のことを書いています。
これは推測でしかないですが、
禁煙セラピーがベストセラーになり
もっとも都合がよかったのは
「煙草をやめることに
苦悩している人たちを
禁煙外来に誘導できる
禁煙ビジネス計画が
順調に成立するための」
準備ができることに
あったのではないかとも
思えてしまうんですね。
そう思えてしまうぐらい
嫌煙者の主張は酷さを増しています。
□健全な禁煙を成功させるための手順!
嫌煙者が意図的に仕組んだ禁煙方法だと
離脱症状、禁断症状、ニコチン依存症、
それに加えて様々な有害な思考に
煙草をやめるのが本当に難しく
感じてしまうようになり、
もしかしたらすでに
煙草を完全にやめている真実が
わからなくなっているだけで
無駄に苦悩してしまっている可能性も
あるかと思います。
そこで、
健全な禁煙を成功させるために
嫌煙者による煙草に対する嘘を
知るための手順を記しておくので
参考にされてみてください。
其の一、
「我慢の禁煙を疑う!」
禁煙宣言して煙草をやめると決めた、
なら煙草のことは一切考えず、
離脱症状や禁断症状といった
嫌煙者が好む言葉を意識せず、
自分をニコチン依存症患者にせず、
喫煙生活のなかで普通に
禁煙を楽しんでみてください。
其の二、
「煙草を意識するまで禁煙は成功!」
煙草をやめると決めたのなら
普通は煙草に興味がなくなります。
煙草を吸ってきた習慣を
急に変えようとするから難しいだけで、
禁煙を楽しむ条件を作って
都合よく禁煙すればいいのです、
たとえばいつも煙草を吸う場面で
今だけ禁煙してみるとか、
たとえば食後のあと禁煙して
ほんの数分だけ禁煙成功を楽しむとか、
なんでもありなんですから。
完全に煙草をやめたい
気持ちはすごくわかりますが、
その目的を果たすためにはまず
嫌煙者が好む煙草有害説を
脳内から完全に消滅させる
必要があるのです。
其の三、
「自分にとっての煙草のデメリットを確認!」
嫌煙者が主張している煙草のデメリット、
ではなく自分が感じている
煙草のデメリットがなんなのかを
知ることが一番重要なんですね。
煙草をやめたらお金が浮く、
本当にその事実に納得できるのか、
嗜好品として煙草を吸ってきて
束の間の癒しに満足してきた、
それが無意味だったと思えるのか。
煙草をやめることによって
食事が美味く感じて太った、
お金が増え出した、
このような喜びの声は
未だによくみかけますが、
煙草をやめなくても
食事は美味く感じますし
煙草をやめなければ
お金が増えないような考え方では
家庭の経済事情が豊かになることは
ないと言い切れてしまいます。
なぜなら
煙草を吸うわけにはいかない
強迫思考から我慢の禁煙になり、
禁煙日数と禁煙貯金への
執着が強くなってしまって、
たった一本でも
煙草を吸ってしまうことにより、
それまで貫いてきたものがすべて
台無しになったという絶望感から
もうどうでもいいといわんばかりに
今まで我慢してきた分を
取り戻すかのように
美味くなくても煙草が止まらない
最悪な現実を生み出すからです。
【一本お化けを味方にする健全な禁煙方法!】
煙草をやめた人にとっても
煙草は決して敵ではありません。
愛煙家が煙草をやめるとき、
散々お世話になったことへの
感謝しかないから
煙草との至福の一服の記憶を永遠に
好きでいられる心境のまま、
非喫煙者としてたまに
煙草を吸うことも楽しめる
人生を歩むことができるのです。
基本的に非喫煙者ですから
煙草を楽しんでいるときすでに脳内では
煙草をやめているわけで、
我慢の禁煙に苦悩してる人が
煙草を吸わないのに脳内では
煙草のことを考えて
ストレスを溜めていることを考察すれば
どちらが健全な禁煙方法なのかは
説明不要だと思うわけです。
全く煙草を知らない非喫煙者でも
嫌煙者と一緒になり
煙草の有害性を主張してつねに
怒っている人もいます。
そういう非喫煙者は
煙草を吸わないだけで
嫌煙者なんですね、
煙草は嫌いだけど煙草を吸う人は
嫌いではないという非喫煙者は
健全な考え方で生きていると
思えるのですが、
マナーを守って煙草を吸っている
喫煙者をも否定する考え方の
非喫煙者が増えてきているのが
厄介だなと感じているところです。
○煙草の煙は嫌煙者より害がない!
煙草の存在そのものがまず
無害だということ、
そして嫌煙者の存在そのものが
有害でしかないということ。
そのなかでも残念ながら、
煙草を楽しんでいたいのに
嫌煙者に都合よく思考を操作されて
煙草を悪だ有害だと主張しては
百害あって一利なしのはずの
煙草を吸いたくなり、
すべてを煙草の有害説のせいにして
煙草を楽しんでいる愛煙家にまで
八つ当たりしている嫌煙者が
手に負えなくなっている状況に
人々の精神崩壊の恐ろしさを
みせつけられています。
健全な禁煙方法!
「煙草を愛せる非喫煙者として生きる!」
嫌煙者の禁煙方法のせいで
煙草を吸わないのに
煙草が吸えないストレスから
不健康な生き方になってしまう
嫌煙者寄りの非喫煙者ではなく、
煙草をやめると決めて
煙草のことを考えることもなく
純粋に禁煙を楽しめる
愛煙家寄りの非喫煙者になることで、
たまに一本煙草を楽しめる
愛に豊かで自由な無縁人生を
歩むことが初めて可能になります。
禁煙とはそもそも
煙草を吸ってはいけない場所を指す
言葉としてしか存在しないはずで、
それがどこでどう間違ったのか、
煙草をやめるために絶対必要な
言葉として扱われるように
なってしまいました。
愛煙家だからこそ禁煙という言葉を弄んで
笑っていられる人も多いわけですが、
禁煙に飽きて煙草を吸うその瞬間まで
完全に非喫煙者である事実、
そして煙草を吸いながらもすでに
禁煙を再開している事実を
嫌煙者は絶対に認めません。
そういう嫌煙者を相手にしないで
自分のことを煙草を愛せる非喫煙者だと
自覚して生きることにより
嫌煙者が定義している一本お化けを
味方にすることができ、
生涯完全に煙草を吸わない非喫煙者に
なることも普通に簡単なんだと
わかるも時間の問題、
人によっては一瞬でわかることも
あると想うのです。
禁煙セラピスト 志村 嘉仁 宇宙禁煙論
【嫌煙者が好んで主張している
煙草有害説が主な禁煙方法ではなく、
愛煙家の煙草との関係に本質を学び
本物の健全な人生を考察する。】
煙草をやめて有害性を主張している人で、
煙草を吸っていたときに自分に起きた
被害を語っている人はほぼいないんです。
「このまま煙草を吸い続けたら
将来こんな病に倒れて
命を落とすことになります。」
禁煙を続けているもっとも多い理由は
嫌煙者が主張している
煙草有害説に見事に脅されて、
実際に有害性を感じていないながらも
いつか病に倒れたら嫌だという
存在するはずのない不安から
強制的に煙草をやめる覚悟を決めて
意地を張り通しているだけなのです。
ではなぜいちいち煙草の有害説を
主張していなければいけないのか、
その理由はとても単純で
「煙草を吸える人が羨ましいだけ」
なんですね。
これは偏見もありますが、
たいていは嫉妬なんです。
もし違うのなら
黙って禁煙していたらいい、
煙草を吸わないことが
快適なのだから静かに
禁煙生活を満喫していれば
いいだけのことなんです。
なので、
本当に健康的に煙草をやめたい、
納得できる禁煙方法で
禁煙を成功させてみたいのなら
喫煙生活のなかで気楽に実践できる
愛煙家の都合のいい禁煙方法で
非喫煙者を生きてみることを
試されてみてはいかがかなと想います。