肝心なのは、ひっかかりを取り除くこと。


こころがスッキリしているとき、

たばこを吸いたくなる理由、

吸わなくていい理由をハッキリ感じれる。

そういうとき、「やめれそう」な気がする。

コツ」をつかみかけているとき。

その感じをしっかり覚えることがすごく大切。

やめれそう」「吸わなくてもいい」そう感じたとき、

たぶんすごく美味しく吸えているはず。


なんでやめれないのかなぁ~


というモヤモヤした気持ちはないはず。

なぜなら、「吸いながら、吸わないだけ」を楽しめているから。

吸わないでいられることを完全にイメージできているとき、

たばこを吸うことは、何のストレスにもならない。

逆に、ストレスを吹っ飛ばす力にさえなる、そういうものだ。


たばこを吸うと、頭がクラクラする。

お酒が入ったあとたばこを吸うと、効き目倍増する。

頭がクラクラ、気持ちよくもなり、悪くもなる。

一瞬、何もかも忘れることができてしまうような気がする。

気がするだけ、頭がクラクラするだけ。

たとえばギャンブルでお金を損したとする、

たばこを吸い、酒を飲み、頭をクラクラさせたところで、

ギャンブルにお金を使い、お金が消えてなくなったという事実は

残念ながら「」にはならない、現実問題だから。

だからといって、

もうお金が手に入らないかといえば、そうじゃない。

気を紛らわすためのたばこをやめ、

戦略を練るためのたばこを吸う、

損した分を取り戻す」から

その日、稼ぐための条件」に意識を変える。

5万、10万、投資した。「負けた」じゃない、稼ぐための投資。

もし、「負けた」という言葉が頭から離れないのなら、

当分ギャンブルから離れたほうがいいかもしれない。

吸ってしまった」という言葉が頭から離れないのなら、

当分禁煙から離れたほうがいいかもしれない。

ごく自然に、前向き、

肯定的な考えができるようになるまで、「休養」する。

どこか焦って生きている現代の人たち

すべてに当てはまることだ。


投資」に対し「ギャンブル」という意識がある限り、

気持ち「負け」だ。

上手く稼げてる、勝っているとき

ギャンブルしてる」とは思っていない。

必ず、「稼げる条件のもと」に自分をおき、動かせている。

同じく、「吸わないでいられる条件のもと」に自分をおき、

動かせているとき、

吸うにしても美味しく、吸わないにしても美味しく、が実現する。

ストレスなく吸わないでいられる条件って何なのか?

過去の自分に聞いてみる、過去にテレポートして覗いてみる、

すると、そこにはストレスなく吸わないでいる自分がいる。

その自分から「コツ」を教えてもらう、それを素直に受け取る。

ものすごくこころが強い自分がいる、無敵状態の自分がいる、

意志じゃなくて、こころ。

その感覚を、体感する、思う存分、体感する。


素直になる」のと「どうでもよくなる」のは違う。

どうでもよくなる」のと「かんしゃく起こす」のは違う。

都合よくなる」のと「どうでもよくなる」のも違う。

都合よく、素直に感じ、いらないものはさっと捨てる。

簡単じゃないかもしれない、でも、「感じる」ことはできる。

あとは、都合よく、どう動かすか、それだけ。

都合よく」という言葉に愛を感じることができない場合、

どこかに「いい人ぶっている自分」がいるかもしれない。

本当に「いい人」は、すごく「都合のいい生き方」をしてる。


いいね!それいいじゃん!おおっ!いいいい)」


笑顔と、驚きに似た感動が、都合のいい人生にはたくさんある。


・・・都合のいい想いばかり出していたら、心地よくなります(笑)・・・