”人間てほんとわからないはてなマーク”が素直な感想です

 

わかった気になっていたら鼻をへし折られ

 

自分の未熟さを痛感えーん

 

自己の色眼鏡を外し、ありのままのその人を観る

 

人間てわからないけれど、何者にならなくても1人ひとりが

 

唯一無二の存在で素晴らしいびっくりマーク

 

沢山の人と出会って気づいたことです

 

 

”唯一無二の素晴らしい存在である”ことを思い出して欲しいびっくりマーク

 

 

という思いがあります

 

 

自分の中の小さな違和感やまだ言葉にもならない

 

モヤモヤをないものにせず、諦めずに向き合うことで

 

その先の未来が見えてきます

 

 

『答えは、自分の中にある』

 

 

トンネルを抜ける前が最も暗い

 

 

怖くて不安ですよね

 

 

1人で抱え込まず、がんばり過ぎず、誰かを頼ってください

 

 

私も自分の経験値を越えた悩みが発生した時

 

 

これは、1人でどう考えても堂々巡りで答えは、出ないだろうと

 

信頼できる友人から紹介してもらったプロの方に相談しました

 

 

3回程お世話になり、その人を密かに道先案内人と呼んでいました

 

 

そう人生の岐路に立たされた時、ターニングポイントの時

 

 

マイルストーンの様に

 

 

道標を示してくれる人っているんです

 

 

それが例えどんな人であっても。。

 

 

私の場合、人生の岐路の時

 

 

強烈な人々に出会ってきました

 

 

20才の時、進路のことで迷っていた時

 

 

当時、バイトをしていたフランス料理店のマスター

 

 

アル中でいつも手が小刻みに震え、赤ワインを飲みながら

 

 

震える手で料理を作る

 

 

完成した料理の上に添えた小さな野菜が皿の縁に落ちた時

 

 

元に戻そうとすると、

 

 

「君の感性で置きなさい、個性で料理も違ってくる」

 

さらっと言ってのけるマスターでした

 

お客さんが来ない閑古鳥がないてる日には、早々に店終い

 

 

もう1人のバイト生と私にフルコースを振る舞ってくれ

 

 

ここまでは、美味しい料理を堪能でき良いのですが

 

 

その後、いつもの様に赤ワインを飲みつつ

 

 

「就職どうしようはてなマーク」と私達の話に

 

 

「ば〜か、ザマアミロ」(いつもの口癖、泉谷しげるかびっくりマーク

 

 

東京へ行け、もっと広い世界をみろ

 

 

フランスのパリで修行時代、お店にピカソが来た

 

 

80才過ぎていたのに目がギラギラしていた」

 

 

とベロンベロン状態のマスターデレデレ

 

 

上京して働こうと思っていたものの父親の反対もあり

 

 

心が揺らいでいた時期でもあり

 

 

マスターの圧(東京行け〜)に行ってやろうじゃないのびっくりマーク

 

 

私のハートに火がつきましたメラメラ

 

 

反対されていたので、お金は、出してもらえず

 

 

布団だけは送ってもらえ

 

 

バイトで貯めた軍資金でどうにか凌ぐことができました

 

 

父の反対も出て行くんだったら

 

 

籍を抜く、勘当するレベルだったので滝汗

 

 

今は、なきお店とマスター

 

 

その後に起こった様々な経験したことを話したら

 

 

「ば〜か、ザマアミロびっくりマーク

 

 

と言われそうだな飛び出すハート

 

 

 

 


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