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○年前のパチンコ....18



さて私は、今回がAホール最後の新装開店であると睨んでいた。
これが店の存亡を賭けた最後の大盤振舞であるとの気がしてならなかった。
その証拠にここ最近のホール情勢は尋常並ならぬものがあった。

昨日も新装開店を間近に控えているというのに、新装時並の釘調整を温存させ、店長以下ホールスタッフは決死の覚悟をもって我々常連客を迎え入れた。
人影まばらなフロアに、いつにもまして賑やかな場内アナウンスが響き渡り、口上の応酬と店員たちのこまやかな立ち居振る舞いを見ていると、この不自然な活況がまさに散りゆく寸前の打ち上げ花火のごときかりそめさを感じさせて、ひときわ哀れであった。

この店は長くない・・・
私の胸に奇妙な感慨が去来した。だが店を去る前に、私には果たしておかねばならぬ宿願があった。

何と、開店集団の中にたった一人私の宿敵とも言える男が混じっていたのだった。
安川と名乗るその私のライバルは、よわい四十路半ばにして凛と引き締まった長駆を持ち、さっそうとホールを駆けめぐりながら、人並みはずれた釘読み力でもって新装開店時ナンバーワンの台をことごとく手中に収めていた。
安川は明らかに他のメンバーと一線を画していた。
ただ一人正確な読釘力を持ち、それにプライドを感じていたせいか、暴力的な行為に頼らず正攻法で勝負してきた。
開店集団の異端児であり、実にすがすがしい男でもあった。
そして一人メンバーから外れて旧台のスリープ一番台を狙い続け、我々ジグマプロにとって真の脅威となっていた。
まさに相手にとって不足はなかった。

だから私にとって新装開店は、毎回気の置けない時間となった。
密かに当店ジグマ第一人者を気取っていた私は、威信を賭けて安川よりも優れた台を選ぶ必要があった。
ところが過去六回の二人の対戦成績は三勝三敗の全くの五分だった。
今回最後の新装において、是か非でも安川と雌雄を決しなければならない。
私は決戦を望んだ。
本日9時55分、背後に七、八十人ばかりの人だかりを従えて、私はホール入口の先頭に立った。真横では、まさしくあの安川が眼光鋭く、私とのポジションを牽制し合っている。
両者の思惑は全く同じで、新台コーナーを素通りし、地階に配置された当店看板コーナー、スリープの一番台を見事奪取せしめんかにあった。


煙草を持つ手が小刻みに震えてくる。
思わず天を仰ぎ見て、ため息をつくことしばし。
開店際の数分間、ジグマ代表と開店プロ代表の両者は、代わる代わる同じ動作を繰り返しながら来るべき時を待った。
そして押し殺したように緊迫した空気の中で、二人の口もとからたち上る紫煙だけが、何処か間の抜けた安穏さを漂わせていた。
やがて待ちに待った開店の合図が発せられると、二人は体をもつれ合わせるようにして階段を駆け下った。急降下の階段に、背後から黒山の大群が雪崩のように押し寄せてくる。
安川はその長い脚を、私はありあまる若さをフルに全開させ、数段とばしに宙を飛んだ
二人は殆ど同時にスリープコーナーへと着地した。

スリープ5シマ、計65台のはざまを、二人は流れるように走破していった。
安川は左手のシマから時計回りに、私は右手のシマから反時計回りに、フロア中をグルグル回り、一台一台の釘を瞬時のもとに読み飛ばしていった。
回り続けること十秒、二十秒・・・それでも一番台はなかなか目の前に姿を現さなかった。

やがて並みいる群衆が麓にたどり着き、もはや一刻の猶予も許されないと、そうにわかに危機感を募らせた瞬間、燦然と輝く一台が私の目もとに飛び込んできた。
その台は見事のひとことに尽きた。
まるで親指がすっぽりと入ってしまうかと思われるくらい巨大なヘソ釘と、来る者拒まず全ての玉を中央へ寄せつけてしまいそうなほど素晴らしい道釘、その両者を具有する抜群台が他にあろう筈がなかった。
その日私が選んだ台は、全三百台中最も高い回転率を記録した。

私は勝利した。
ついに永年の目標であった安川を退けた。
それはわが読釘力の完成であると同時に、功利効率を度外視してまでもおのれの店とシマにこだり続けたジグマプロの執念の勝利だった。
その日優秀台はその台一台限りであった。
二時間後、開店プロたちはすごすごと退出していった。
そして翌日から二度と店に現れることはなかった。
私への親方の最後のメッセージをこう残して・・・

「お兄ちゃん、良かったらウチに入会しろよ。いつでも待ってるぜ」
もちろん私は勧誘をきっぱりと断って、それからもスリープで稼ぎ続けた。
最初出方が悪く難局を強いられたものの、一週間も打ち続けるうちに引き具合も回復していって、釘が締まる直前の日には、大当たり回数35回、日当20数万円という空前絶後破格の大勝利を挙げるに至った。


翌日Aホールは倒産した。
まさに散りゆく最後の局面において、あだ花のごとく空中に実を結んだわが一撃のもとに、いまはっきりと一つの時代が幕を閉じた。
私はいまもホール跡に建てられた光景を見やるたび、複雑な思いに捕らわれるのだ。
かつて地階のシマに通じる階段であった現在のピンクキャバレーの狭い間口に、ほんのりと灯る紅いネオンサインを見るたび、往時の痕跡を重ね合わせずにはいられない。
そして、思い出深いホールに自分自身が引導を渡してしまったことに、ちょっぴりと罪深さを感じてしまうのである。


続く・・・