僕が小さい時, 記憶が残る頃から

家はいつも貧しかった.

成人になってから聞いたところ, いろいろ事情が多かったらしい.
(事業失敗, 家族, 詐欺師友達など...)












小学校に入る前から両親は酒屋をやっていた.

僕たちの家はその酒屋のトイレに行く通路についていたドアを開いたらいる

小さな部屋だった.

そこに両親と僕, そして3つ年上の兄が住んでいた.










その部屋では酒を飲んでいる客のうるさい話し声がまる聞こえだった.

トイレも客が使う外のトイレを使っていた.

服もいつも兄が着ていたものをもらって着て,

食事も大体は安くて簡単に作れるキムチチゲだった.












僕と兄はそんな衣食住の不自由の中でも大した不満はいなかった.

家には父が使ってた古いパソコン1体あれば満足だったし,

お母さんが作った飯はどれも美味かったから.

そしてお父さんとお母さんが休みに僕たちを連れて遊びに行くその1日で十分だった.











たった一つ, 気にかかる事があったら,

小さい僕たちが見るにも両親はとても苦労をしていたことだった.

16時から次の日の3時まで毎日のように働いていた僕の両親が心配だった.

6歳の子供がするにはとっても早い心配.












でもそんな子供ができることは何がいたのだろうか,

よく,そして深く考えた.

僕たちができることはたった1つだった.


それは感謝すること.


僕たちのために一生懸命頑張る両親に

ひたすら感謝を表現することしかいなかった.

その歳だし,もちろんその表現が幼稚で不器用だったけど.











いきなり親に敬語を使ったり

部屋の掃除をやってみたり

両親に一応礼儀正しく振る舞うように努力した.

今考えても6歳にやる事じゃないと思うけど(笑)



両親は今でもあの時のことを思い出すと

辛かったけど僕たちのおかげで幸せだったと言ってくれる.









このブログを見てくださる方の暮らしは人それぞれのはずだけど

僕はそう思う.

貧しくても子供を正しく育てる事は問題ない.

裕福だったら言うまでもない.

どっちも子供に対する献身と愛を惜しまないはずだ.



ただ, その献身と愛を子供が分からせ,

感謝という徳目を身につける事が一番大事だと思っている.












感謝を知らずに育った場合,

貧しいく育てられた子供は貧乏に対する不満が親に移る恐れがあり,

裕福に育てられた子供はそれを当然に思い親の愛を忘れる恐れがあると思う.














僕と兄は親に教わったその“感謝”を大事に持って今も生きている.

家族に, 友に, 先生に, 取引先に, 僕の事業のお客様に.



そして僕が貧しい中でも大切に育った記憶があってこそ

韓国の母たちに認められる製品を作れたと思う.

こう見れば僕にとって正しく[貧乏は祝福]だったのかもしれない.

これからも感謝の気持ちを持って生きていく.











このポスティングを見ているあなた方のご家庭にも

いつも感謝の気持ちが溢れる事を祈ります.

良い考え物になったら嬉しいです.

ありがとうございました.

私は小さなスキンケア製品会社を運営している

26歳の韓国人です.

名前を少し変えたあだ名のSUYOIと申します.

(友達はみんなこう呼んでいます)

 

もうすぐ日本にも進出することになって

少しでも日本語の勉強をするために

こうやってブログを書くことになりました.

 

 

 

 

主に子供用のスキンケア製品を作るので

仕事のうちにお客になるたくさんの親と

向き合うことが多いです.

 

その度に感じます.

親って人たちがどれほど子供を愛しく思うのか.

何一つでもいいものを買ってあげたい気持ちとか,

些細なことでもちゃんと調べてから子供にあげたり.

 

 

 

 

 

そんな思いが伝わる時に

辛い貧乏の中でも私をちゃんとした人間に育てくれた

私の両親を思い出します.

 

それで,

このブログでは

幼い頃子供は親のどんな部分を記憶するのか,

どんな時子供は親が自分をよく育てくれたと感じるのか,

何故子供が大きくなったら親からもらった愛を返そうとするのか,

正しく生きようと努力することになったのか.

 

 

 

経験の少ない26歳だけど

親になったこともない私だけど

子供だった経験だけはある私こそが語れる話を

毎日短くても書いて行こうと思います.

 

一緒にいい考え物を得る事ができたら

嬉しいです.