「英語はツール(道具)に過ぎない」とは、よく聞く言葉だ。

自分がしたいことをするための手段の一つとして英語を使うのだと。

 

しかしそのツール?!を、よく手入れされたスキル(技術)で

使いこなしている純日本人はそれほど周りで見かけない。 

コミュニケーションをブロークンな英語で押し通す日本人が

「英語はツールに過ぎない」と言ってもあまり説得力がないし

その印象も良いものではない。

 

バイリンガルも例外だ。 殆ど無意識に英語が頭に浮かんでくるバイリンガルが

どんなに声高に「英語はツールだ」と言っていても彼らには

一般的な日本人が経験している「苦労しながら英語を学ぶ」という追体験自体

が難しいと思われるのでこれもまた説得力に欠けるだろう。 

 

「将来優れたAIが開発されれば苦労して英語を学ぶ必要など,なくなるのではないか?」

と言われているのを見聞きもする。 

優秀な翻訳機さえあれば外国人とのコミュニケーションは全て事足りてしまうのか? 

それは違うと思う。 なぜなら

 

「問いかけに反応し返事をする」事や、「何かを得るために誰かに用件を伝える」

ことだけがコミュニケーションなのではないからだ。

 

英語の4技能ときくと、大方の人が「読み」「書き」「聴き」「話す」ことを指すと考える。 

私も鳥飼玖美子氏の「英語教育の危機」を読むまで、そう思っていた一人だった。

しかしこの本を紐解けば、1974年の平泉・渡部論争に始まり1989年の学習指導要綱改定以降の日本の英語教育の変遷が分かる。 

 

そもそも1989年当時に目標に掲げられたコミュニケーション能力の4要素

1.文法的能力 (文法、音韻、語彙などの基礎知識)

2.談話能力 (結束性と一貫性をもって論理的に話したり書いたりする能力)

3.社会言語的能力 (社会文化的に適切な言語を使用できる能力)

4.方略的能力 (コミュニケーションの目的を円滑に進める為の伝達対処能力。例えば、語彙や文法等の表現力の不足を補う為に言い換え・繰り返し・推測を行ったり、伝達の失敗を補う為に方策を立てる能力)

を念頭に教育課程に活かすものであった。 当時の目標はコミュニケーションの4技能ではなく4要素だったのであり「読み・書き・聴く・話す」は別の括りであったようだ。

 

しかし実際に施行されてみると、ここで選択科目の一つだったオーラル・コミュニケーションだけが「真新しさ」も手伝って授業の中心に置かれ、本来の目的とは趣旨が違う学習指導運営が全国的に行われてしまうこととなった。

当時の学習指導要領を作成担当した教科調査官であった和田稔氏曰く、

「当時も今も、ディベートやディスカッションばかり注目されるのは本意ではない。中心は英語I,IIだ。 だが研究指定校でも授業が口頭のやりとりばかりになってしまい、とうとうコミュニケーション能力は「聞く、話す」という理解になってしまった。そうだ。

 

一考に値するのは授業がオーラル・コミュニケーションを中心に行われると、先生も生徒も英語で話す、という行為自体に一生懸命になり過ぎてその結果、肝心な授業の内容が疎かになってしまい疲弊感が強い割には学びの目的から逸れてしまう傾向にあることだ。

 

1989年以来約30年間にも渡り、国が国民の英語力を上げようと懸命に努力を重ねてもあまり成果が芳しくないのはどこかおかしい。 コミュニケーションの意味が指導要領作成担当者の本来の考えとは離れ独り歩きし、「コミュニケーションとは会話力」であると教育現場で誤解されたまま全国に広まってしまい、社会全体がその方向に大きく舵が切られたままで現代へと繋がっているからではないかと思う。

(一部引用ー英語教育の危機1章40p)

 

先に挙げた4大要素に照らし合わせて表題の件を考えるに、AIにできるのはせいぜい

1.文法的能力程度だろう。

その他の要素は「相手への気遣い」や「状況の汲みとり」、「その場に相応しい対応」等、人の心だけがもつ微妙な情動の働きが関わってくるものだ。 相手の国の文化、習慣・マナー、政治情勢、歴史等、総合的な理解もなしに良好なコミュニケーションがとれることはないからだ。

 

2.談話能力ロジック(論理)のある英作文を書きあげる訓練で鍛えることができる。日本語は感覚的で情動型の文章が多いが英語はロジックを大切にする。 英語圏でロジックのない文章はWhy攻めに遭う。

我々日本人は意識して発想法を鍛えずにはロジック型の思考には到達できないだろう。

 

3.社会言語的能力は英語圏のネイティブが書いた、内容が多岐にわたる長文を大量に読む訓練によって自分の知らない広い世界をも覗くことが可能になり、大きく知識を広げることができる。 さらに、

 

4.方略的能力臨機応変な機転の良さや場に相応しい適語を選び操れる社会経験と適応力に比例する。 未来予想をたてつつ相手とコミュニケーションをはかりながら、望ましい結果にむけて努する能力だ。大事なことは想像力。 想像力が鍛えられるものといえば読書だ。 読書をするときは、段落ごとに要旨をまとめ、話の流れを読んで展開を予想し、結論にむけて読み進む。演繹的な発想法が自然に鍛えられる。

 

Imagination, not intelligence, made us human - Terry Pratchett

われわれを人間たらしめたのは、知性ではなく、想像力だ。

 

英語はツールに過ぎない? とんでもない!! そんな意見に異議を唱えたくネットを検索したら、「よくぞ言ってくれた!」と思わず膝を打ったものがあったのでこちらの記事も併せて読んで欲しい。

 

英語はただのツールではない

 

英語はツールである、は甘かった

 

だからやはりこれからも、AIを頼りにせず自分で地道に英語を勉強することに代わりはないのだと確信する。

There's no royal roads for learning English. カメ COME AND JOIN US