先日99歳で瀬戸内寂聴さんがお亡くなりになられとても寂しく思う。
失礼な言い方ではあるけれどなんとなく寂聴さんは死なない気がしていた。
それだけ存在感が大きかったのではないか。
まだ20代だったころ寂聴さんの本をたくさん読ませていただいた。
あの頃はまだ男女の関係性について悩みを抱えている年頃で、何かしらの光明が欲しかったことを懐かしく思い出した。
今回追悼番組などで寂聴さんのある言葉が私の胸にまるで置き針のように刺さった。
日が経つにつれじわじわとその言葉の意味が私の中に広がっていっている。
それは死について尋ねられたインタビューに答える寂聴さんが放った一言。
死ぬのも自然に任せます
その発想は私にはなかった。
それは99歳ゆえの達観した者が持つ言葉なのか、寂聴さんだからかなのかはわからない。
なかなかさらりと口にはできない言葉ではなかろうか。
人はみな一度は死ぬ、いつか死ぬ。
だから今をよく生きねば、というのは定石。
私も、なんとなくどんな風に死を迎えたいか、などと考えることがあり、死ぬまでにはあれをしてこれをして…特に断捨離(笑)…それをしないと死ぬに死ねないくらいの気持ち(笑)、
残された家族には極力迷惑かけないよう、
あ、終活ノートは書いておかねば、
などなど、計画を持たねば、という意識でいた。
その方がよく生きることにつながる、と信じていた…
ああうらやましい、寂聴さん。
死ぬのも自然、と私もさらりと言ってのけたい。
死と生は表裏一体。
考えてみたら生もたしかにたいていは無為無策。
生れてくるときは誰かの都合なんて考えも持たずにやってきた。
死ぬのも自然、とつぶやいたらなんだか不思議に肩の荷が下りた。
瀬戸内寂聴さん。
ライフパス7,ソウル9
ディスティニー、パーソナリティともに8
バースデイ6
仏門に入られ人間というもの、死生観をとことんまで探求されたこと、源氏物語はじめ数えきれない著作をされたこと、その集中力とバイタリティ、多くの人を癒し励ましされたこと、菩薩のような佇まいやチャーミングな笑顔、多大な功績・・・数秘も物語っているように思える。
ご冥福をお祈りいたします。
数秘術家阿部としみ