重い扉を開けると既に外は暗く、空には綺麗に星が見えていた。地価の安そうな土地に建てられたこの学校周辺は、夜になると明かりが少なく、やせ細った木に申し訳程度に付けられた電飾が、足元を照らした。
今年も残り1ヶ月となり、世間が騒がしくなっていくのを横目に、僕たちは来年の実習に向けて、各々準備を進めていた。
勉強を終え、僕は校舎を出て最寄の駅に向かおうと足を運んだ。学校の敷地内を出る手前で、女の子が数メートル前を1人で歩いていることに気がつく。みたことのある後ろ姿だ。おそらく、隣の席の佐倉だろう。彼女もこんな遅くまで学校に残っていたとは、知らなかった。敷地内を出ると道にはほとんど明かりがなくなり、女の子が1人で歩くべきではない道であることは、僕にでもわかる。
しばらく後ろを歩いていたが、彼女が思ったよりも歩くのが遅く、追いついてしまった。
「やあや。帰るの遅いね。」
なにげなく、いつも通りに話しかけた。
「おわあ、びっくりさせないでよ。」
驚いた様子だった。確かにこんな静かな暗闇の中、急に話しかけられたら驚くのも無理もない。
「課題やってたの?」
分かりきったことを聞いてみる。
「そうだよ。家帰るとだらけちゃって、なんにもできないから。」
「はは、まぁ僕もそう。終わった?」
「終わらない。明日までには終わらせないとなぁ。」
さっきも言ったように、僕たちは2ヶ月後には実習に行く。にも関わらず、学校はあんまり意味のない課題をたくさん出したがるようで、全く自分の勉強に集中することができない。というのも、言い訳なのかもしれないが。
「君はこんなに遅くまで残って、家帰るの何時になるの?」
佐倉が突然僕のことについて質問する。
「え、ああ、日付変わる前には着くよ」
「わぁー、遠いなぁ」
白い息を吐きながら、佐倉は困ったような楽しいような声で言う。
時刻は22時半。僕は家から1時間半かけてこの学校に通っているため、帰るのも遅い。しかし、実家暮らしは家に帰れば暖かいご飯がある。
「佐倉は家近くとも一人暮らしだろ?帰ったらなんか作るのか?」
「んーん。めんどくさいから買って帰っちゃう。」
「まー、そんなもんだよな。」
一人暮らしだし、仕方ないだろう。僕でもきっとそうする。
ポツリポツリと会話をしているうちに、駅に着く。だいぶ長い間、佐倉と二人で歩いていたのかと実感が湧いた。僕から話しかけたくせに、今更なにか罪悪感に襲われる。
「じゃ、私はあっちのスーパー寄ってくから」
佐倉が何事もなかったようにそう言った。まぁ、実際に何事もないけれど。
「おう…、じゃあな」
気をつけて帰れよ の言葉を飲み込んで、僕も何事もないかのように返事をし、佐倉と別れた。
彼女とは、入学式に初めて話した。学生番号が隣らしく、彼女はしきりに下を向いて、僕の隣に座っていた。入学式早々から女子達は友達を見つけ、輪を作って楽しそうに世間話をしているのに、佐倉は自分の席から一歩も動かなかった。僕はそんな彼女に違和感を持たず、ヘラヘラした様子で話しかけた。
「なんか待ち時間長いね、いつまで待ってればいいのかな」
その途端、ピリッと彼女の身体に緊張が走るのが分かった。ゆっくり顔を上げて僕の顔を見た。派手ではないが、下を向いている時の雰囲気とは裏腹に、端正な顔立ちをしていたのが印象に残っている。僕と目が合うとすぐ下を向き、同時に小さな声を発した。
「そ、そうだね」
話しかけられると思っていなかった、ってところだろうか。その時は非常に緊張しているようだった。
どんな時間も隣の番号として彼女が近くにいることが多く、どうしても、話す回数が増えていった。それにつれ、彼女は本当は明るくて面白い子であることに気づいていった。そして、とうとう僕は、引き返せないところまで来てしまっていた。