以前にも同じようなことをfacebookに書き込みしている子育て中の友人がいた。
毎日子供の夜泣きをどうにかして下さいとだけ書かれた紙がポストに投函されていて相当に傷ついて恐怖で苛立っていた様子。
それに返すコメントも全て 赤ちゃんが泣くのは当たり前だろ。お前もそうやって育ったんだろう。人としてどうかしてる。私の○○(友人の名前)にそんなこと言うなんてマジ許さない。死んだほうがいいわそうゆう人は。○○は何にも悪いことしてないから大丈夫だよ。マジで信じらんない。
等々ただただ投函した誰かを非難して友人を慰めるだけ。
すごくすごく違和感があったので私はその人が誰かはわからないけど、その人は昼夜逆転の生活で睡眠がとれないとふつう以上に体力がもたないのかもしれない、何かでとっても辛いことがあって心がとっても弱ってギリギリ状況かもしれない、直接文句を言いに行くのは角が立つから失礼だとわかっていても無記名の投書にしたのかもしれない、すごく悩んで悩んで考えて自分の要望と相手のことを気遣って短い文面にしたのかもしれない、そうゆう可能性もあるよね、とコメントした。
もちろん私だって赤ちゃんは泣くのが仕事だと思っているし、地下鉄で赤ちゃんが泣いていても「あらまぁ泣いてるねぇ」とニヤニヤしてしまうほどには子供好きであるが、自分の状態によっては、舌打ちはせずとも心の中でイラッとしてしまう可能性は否定できない。
そもそも心が極限の状態にある人間に対して近所づきあいもない他人の赤ちゃんの夜泣きを許容せよという方がずっとずっと暴力的だと思う。
彼女のコメント欄を見ていてとても怖くなった。正しいとされているものに反するものに対してはどんな対処をしても構わない。最悪、死なせても仕方ないというような空気を感じた。
マジョリティは放っておくと内容の善悪に関係なく暴走してしまうということを目の当たりにした。
きっと投函した誰かも赤ちゃんの夜泣きをどうこうできるものではないということはわかっているのではないだろうかと私は思う。
でもそれでも自分の精神を保つためには何か策を打たなくてはと思い悩んだ結果かもしれない。
近しい友人や家族に相談してそのような手紙を書いてみることにしたのかもしれない。その人たちには苛立つ母親とそれを擁護する友人達はどのように映るだろうか。
