昨年12月に行われた、パリ・オペラ座バレエ団の昇格試験を見事パスし、スジェに昇格したオニール八菜さんが、年明け早々に来日した。

目的は、バレエ用品のチャコットのカタログやポスターの撮影のため。なんと、数日後にはドバイでのオペラ座ダンサーによるガラ公演を控えた、数日間の日本滞在だ。おまけに、撮影終了後には真夜中のフライトで一路、ドバイへ向かい、リハーサルに合流するのだという。にもかかわらず、優雅にポーズを決めながら、膨大なカット数をこなしていく体力と余裕! とんとん拍子で昇格を続けている若さと自信がカメラの前でスパークするような撮影の合間を縫って、お話を伺った。

■これからが、本格的に"踊り"を磨くステップ

バレエ団は、完全なる階級社会。もちろんパリ・オペラ座バレエ団も同じで、カドリーユ(群舞)→コリフェ(活躍の機会が多い群舞)→スジェ(セカンドソリスト)→プルミエ(第一舞踊手)→エトワール(主役)と階段式に昇格していく仕組みだ。エトワールは指名制だが、下の階級には試験がある。八菜さんは2年前に正式団員となり、すぐにコリフェに、昨年末にはスジェに、と順調に昇格を続けている。

──前回(2014年夏)の来日時より、一段とボディラインが引き締まってきましたね。

八菜 そうですね。公演が多くて忙しかったうえに、コリフェとして踊る責任も加わり、自然に引き締まってきたと思います。おまけについ最近、お腹を壊す風邪を引いてしまったんです。ほとんど食べられない状態で踊るのは大変でした。

──そして、スジェに昇格、おめでとうございます! 試験はどのように行われたのでしょうか?

八菜 規定課題では『ラ・バヤデール』のガムザッティのバリエーション、自由課題ではバランシン振付の『La Nuit de Walpurgis(ワルプルギスの夜)』を踊りました。どちらも指導の先生と相談して選んだものですが、La Nuit de Walpurgisは大昔(1975年ごろ?) にオペラ座で上演された古いレパートリーだそうです。オリジナリティの高いことをやってみたいと思っていたので、こういう、メジャーではないものを踊るのはよい経験でした。一方で、ガムザッティは高い技術を要求されるアカデミックな作品なので、挑戦しがいがありました。

─―昇格を告げられた時は、どんな気持ちでしたか?

八菜 まずは、ほっとしました。早く上の階級に上がれるのはとても嬉しいです。なぜなら、"踊って、表現する"チャンスが増えるからです。コリフェの段階では、群舞ならどのポジションにも入れるように常に準備しておかなければならなかったので、振付を正確になぞるのに力を割きましたが、スジェになれば、与えられたポジション、役柄を踊り込むことができます。早いうちに、そうした機会を与えられ、勉強できるのは幸運だと思っています。

─―2014年、コリフェとして過ごした一年は、どんな時間でしたか?

八菜 とにかく忙しかったですね。カドリーユからコリフェに昇格したこともあり、群舞の一員としてさまざまな場面で踊らなくてはならなかったし、日本公演も含め海外ツアーもたくさんありました。その中で、ヴァルナ国際バレエコンクールの練習もしなければならなかったりと、本当にキツイ一年でしたね。ほとんど休みなし、でした。でも、そうした中で素晴らしい先輩たちに指導をしていただけたのは財産です。

─―アニエス・ルテュスチュは、あなたの熱心な指導者だと聞いていますが!

八菜 ええ、エトワールを退いたいまは、指導者としてオペラ座にかかわっていらっしゃいます。アニエスの教えには"身体のラインを綺麗に見せるためのちょっとしたヒントやコツ"がたくさん含まれています。いままで自分だけでは考えなかった、気づけなかったことを教わりました。

urano150115main01.jpg1月9日に行われた、ドバイでのガラ公演より。『グランパ・クラシック』を踊った。

■なんと主役を踊るチャンスも!

八菜さんがカメラの前に立っているあいだ、八菜さんのお母さまから情報収集したところ、なんとオペラ座3月公演『白鳥の湖』では、主役のアンダー(主役にもしものことがあった時、代わりに踊る人)にもキャスティングされているとか。大きな笑顔、はきはきした言葉遣いでインタビューに応じてくれる八菜さんであるが、決して自分から自分の活躍ぶりを声高に語ることはしない。こちらから水を向けても、舞い上がったり、得意気だったりすることもない。その控えめな感じはやはり日本人ならではの感覚なのだろうか。

─―3月のオペラ座公演『白鳥の湖』では、主役のアンダーに抜擢されているそうですね。ご自分の配役もある中で、全幕の主役の踊りもすべて身体に染み込ませて準備する、というのは大変ですね。

八菜 はい。スジェとして1幕のパ・ド・トロワと、2幕の大きな白鳥を初めて踊りますから、それだけでも大変ですが、たとえ舞台でこの役を踊ることはなくても、主役のアンダーをレッスンできるだけでものすごく勉強になると思います。

─―昨年、ブリジット・ルフェーブルさんが芸術監督を退任され、新たにバン・ジャマン・ミルピエ監督の下での活動がスタートしているわけですが、バレエ団の空気に何か変化を感じることはありますか?

八菜 3カ月経ちますが......いまのところよくわかりません。7月まではルフェーブル監督が決めたシーズンラインナップなのでいつものようにクラシック作品がメインであるせいか、特にバレエ団の空気が変わったという感じはしません。が、2月には新監督による新シーズンの作品ラインナップのアナウンスがあります。もちろんクラシック作品も上演するとは思いますが、新しい作品に力を入れる、という噂も聞きます。

urano150115main02.jpgオペラ座でのプリカルポ(新人賞)の授与式。

urano150115main03.jpgフランス語でスピーチする八菜さんと、ブリジット・ルフェーブル前芸術監督。

■レオタードは、キャミソールタイプが好き

と、ここで横で話を聞いていたお母さまから小声でアナウンス。──ルフェーブルさんからは、ありがたいお言葉をいただいたのよね、と。

八菜 実は、昨年秋にバレエ団からプリカルポ(新人賞)をいただいたんです。今年は私ひとりだったんですが、ルフェーブルさんから「フランスのバレエのスタイルにもすぐにフィットできた、これからが本当に楽しみだ」というような言葉をいただきました。私も、初めてフランス語で受賞のスピーチをしたんですよ。

──今年は、どんなふうに踊っていきたいですか?

八菜 群舞を務めている時は、いつもパニック状態でスタンバイしていました。だって、いつ、どの場面のどの場所に配置されるかわからないなか、とにかく間違えないようにやらなければならないので、リラックスして踊るのは難しかったです。でもスジェになれば、そういう心配をすることなく"自分の場所"で踊ることができる。少しは舞台を楽しめるようになるのかな、と期待しています。

──ところで、今日はものすごい数のウエアを着ていただきましたが、普段のレッスンスタイルはどんな感じなのですか?

八菜 シンプルなデザインが好きですね。レオタードはキャミソールタイプが多いです。なぜかというと、肩幅が広いので、そのほうが肩から胸のラインが綺麗に見えるんです。そして、必ずタイツを穿いて腰には巻きスカート、が基本スタイルかな。オペラ座は結構寒いので、レッグウエア類は欠かせないですね。今回の撮影で身に着けたものの中にも気に入ったものはいろいろありましたよ。

伸び盛りの20代。オペラ座の先輩たちにも愛されているようだから、オペラ座内ではもちろん、ヨーロッパのあちらこちらのガラコンサートで活躍する日も、いつか来るのかもしれない。パリではすでに(小さな)ファンクラブも出来たとか。どんな世界にも、若い才能が育っていく過程を見守り、支え続ける楽しみというのがあるが、特に日本人は(相撲、宝塚、歌舞伎などなどを見てもわかるとおり)それが強いのかもしれない。
海の向こうの様子、というと最近は不穏な出来事が続いて重い気持ちになりがちだが、まったく反対の目線でそちらの様子を気にする楽しみが出来たことは、私たちのささやかな喜びである。

urano150115main04.jpgチャコットの撮影より。今シーズン(2015年春夏)の最新デザインを着用。
フィガロより