ジャンルを越えた「天井桟敷の人々」 スペクタクル・バレエの魅力 2013/5/20

パリ・オペラ座バレエ団による『天井桟敷の人々』は、総勢約120名ものダンサーとスタッフが来日して上演されます。大掛かりなツアーを「引越し公演」と呼ぶこともありますが、まさにそれは引越しさながらの大移動。ホームであるパリ・オペラ座から他の劇場へと移動し、そこで念入りに準備作業を行って公演初日のお披露目を迎えます。

今回の名古屋公演では、わずか2日間の本番のために5日間の舞台仕込みを行う予定となっています。オペラ座と全く同じ規模、機能を備えた劇場はありませんから、短期間で劇場に合ったプロダクションにするために、膨大でかつ細部にわたる調整作業を行う必要があるのです。それはまた、バレエが様々な要素から構成された、総合的な舞台芸術であることとも関係しています。

世界初のバレエとされる『王妃のバレエ・コミック』(1581年)は、ダンス、音楽、詩および作曲が総合された作品です。バレエは誕生当時から、様々なジャンルが登場する複合的な芸術であったことがわかっています。

つまり、一人で取り組むことの多い美術や文学などとは異なり、バレエでは踊り手のほかに音楽や美術、衣裳、照明、最近では映像など、多様なジャンルのたくさんのスタッフが関わっているため、その調整や統括がとても重要になってくるのです。

その分、プロダクションに関係するダンサーやスタッフなど、全員が一丸となって良い舞台を創り上げたときの喜びも大きいと言えるのかもしれません。

第2幕の終盤、にぎやかなカーニバルの場面 (C)Sébastien Mathé


日本では、専属ダンサーやオーケストラ、歌手、俳優などを持っている劇場はわずかですが、そもそも劇場とは、専属のアーティストたちが作品を発表する場として造られた施設です。その稽古場で創作活動を行う、フランスの国立劇場所属のダンサーは、みな公務員として、国から給料を得ています。

ただし、その恩恵にあずかることのできる身分になるために、凄まじい競争に勝ち残る必要があるわけですが・・・。

また、ダンサーやオーケストラ等の団員以外にも、照明や音響といった専門の舞台技術スタッフや衣裳スタッフ、小道具や大道具を製作する美術スタッフなどが国の雇用のもとで働いています。

さて、今回上演される『天井桟敷の人々』は、バレエと他ジャンルの芸術とのコラボレーションという点からもユニークな構造になっています。

まず一つには、映画をバレエ化してしまったこと。つまり、セリフが重視される映画を題材にしているため、言葉を必要としないバレエならではの特徴をより強く感じることができます。映画では、魅惑的なセリフでヒロインを口説く場面も、ダンサーの動きと表情から想像するしかありません。バレエの観客は、自らのイマジネーションをフル活用しなくてはならないのです。

「天井桟敷の人々」のワンシーン (C)Sébastien Mathé


またこの作品では、「犯罪大通り」(作品第一幕のタイトルでもあります)と呼ばれるパリの芝居小屋かいわいを背景に、19世紀初期の演劇人の日常が描かれています。

そのため、バレエ作品の中で芝居を見るという、いわば「舞台の入れ子状態=二重構造」になっており、バレエを観ながら、当時のフランス演劇界や劇場の状況も垣間見ることができます。

例えば、主役の男性は初のパントマイム役者でピエロを考案したとされるバチスト、またシェークスピア俳優として登場するフレデリック等も実在の人物をモデルにしているそうで、演劇史、劇場史の視点からも興味深い舞台です。

バレエ作品の中でパントマイム役者を演じる (C)Michel Lidvac このパントマイム役者の姿が後のピエロのイメージを創った。


フランス現代の作曲家、マルク・オリヴィエ・デュパンによる音楽は、オーケストラにより生演奏されます。バレエは、視覚芸術である一方で、時間を操る音楽とも切っても切れない関係にあります。その奥深さを感じる場面が全編を通して、あちらこちらに散りばめられています。

パリ・オペラ座のダンサー、しかもエトワールと呼ばれるパリ・オペラ座最高位のダンサーが、スタッフとして陣頭指揮をとることによって、このプロダクションはより一層、異彩を放つことになりました。

振付は製作当時、現役エトワールだったジョゼ・マルティネス(現在は退団し、スペイン国立舞踊団芸術監督)が担当したほか、衣裳デザインを現役エトワールのアニエス・ルテステュが手がけました。

正確さが重視される古典作品から、個性を表現する現代作品まで、どんな作品でも踊りこなすことのできるエトワールは、あらゆる振付を身につけた動きのエキスパート。ダンサーのことを誰よりも知り尽くした、そんなジョゼ・マルティネスの身体を通じて生み出される多様な振付が、ダンサーたちの肉体から多彩な表情を導き出すことに成功しているといえるでしょう。

加えてアニエス・ルテステュのダンサーの身体を知り尽くし、踊りやすさと着心地の良さを理解してデザインした「ダンサーによるダンサーのための」衣裳は、息を呑むほど美しくエレガントで洗練されており、バレエが視覚芸術であることを強く印象づけています。

本公演の衣裳を担当したエトワールのアニエス・ルテステュ (C)Benjamin Chelly


通常は劇場の舞台上だけで演じられるバレエですが、この作品では、幕間にもロビー部分を使ってのパフォーマンスがあるなど、いくつかのユニークな仕掛けを施すことによって、観客が作品世界に迷い込んだように感じられる工夫がいっぱいです。

タイトルの「天井桟敷の人々」とは、芝居小屋の最後方にある最も安い席で、舞台に声援や野次をおくる観客たちのこと。本作品は、まるで私たち自身が、天井桟敷に座っていたり、大道芸を覗き込み、声援を送る通りすがりの人物になってしまったかと錯覚するかのごとく、劇場そのものを丸ごと味わい尽くす体感型の演目です。

これぞまさに、世界で最も古くて最も新しいパリ・オペラ座だからこそなし得た、超豪華スペクタクル・バレエ!この貴重な公演を、皆さんも体感されてみてはいかがでしょうか。

◎追伸:  
個人的にはオリジナルの映画を観てくることをお薦めします。バレエ観賞が何倍にも楽しめますよ!!

http://chuplus.jp/blog/article/detail.php?comment_id=1135&comment_sub_id=0&category_id=292

当日券もあるようです
まだ迷ってる方 是非いかがですか?