いわゆる「グランド・ホテル」形式の映画である。ある限られた環境、状況で、さまざまな人間群像を描くスタイルのお手本が、1932年のアメリカ映画「グランド・ホテル」だった。グレタ・ガルボが落ちぶれたバレリーナ、倒産寸前の会社に雇われた速記者がジョーン・フォンティーン、借金まみれの自称男爵がジョン・バリモア、一生の思い出にと有り金を使い果たそうとする男がライオネル・バリモア。豪華なホテルの空間で、それぞれの人生が切り結ぶ傑作だ。

 1939年のフランス映画、ジュリアン・デユヴィヴィエ監督の「旅路の果て」もグランド・ホテル形式。過去の栄光に包まれた老俳優たちが、南フランスの養老院を舞台に、現実の悲惨さに直面する。このほど公開の映画「マリーゴールド・ホテルで会いましょう」(20世紀フォックス映画配給)もまた、「グランド・ホテル」形式の結構を持つ。若いころには思いもしないことだが、人生のほぼ最後のひとときを、どこでどのように過ごすか、そんなことを考えるようになる年齢は、だれしもに存在するのだろう。登場する7人の老人たちは、それぞれの事情を抱えて、インドのジャイプールにやってくる。格安で、長期滞在が出来るという、豪華なホテルを目指して。

 死んだ夫の借金のため、自宅を手放さざるを得ない老女。インドでの秘めた過去を持つ元判事。喧嘩ばかりの定年すぎの夫婦。人種差別丸だしの老女。結婚離婚を繰り返す老女。若い女性と異国での生活を夢見る初老の男。この7人は、ホテルで、町なかで、それぞれが知り合い、さまざまな会話を交わす。映画は、彼らの人生のほぼ最後のひとときを、どのように過ごすのかを、上質のユーモアを交え、いささかシニカルに綴っていく。人物の描き方が軽快で、巧み。わずかなシーンのいくつかを重ねるだけで、この人物がどのような人物なのか、どのように変化しつつあるかが、過不足なく示される。「ゆりかごから墓場まで」の理想が潰えたイギリス社会である。練れた脚色が、なぜ今、イギリスの老人たちがインドに向かうのかを提示、イギリス社会の現実も暗示して、飽きない。
俳優陣の芝居がいい。ジュディ・デンチである。マギー・スミスである。トム・ウィルキンソンである。そのほか、芸達者がズラリ。セリフの隅々に、真実味、説得力がある。圧巻は、狂言回しも兼ねたジュディ・デンチだろう。人生を振り返り、現在の心境を語り、一歩も二歩も、また別の人生に足を踏み入れようとする。すべての者が、いい方向に人生が変わるわけではない。悲しい出来事もある。群像劇を軽妙に捌き、並々ならぬ演出力を示したのは、「恋におちたシェイクスピア」のジョン・マッデン。混沌としたインド、ジャイプールのあちこちの風景、寺院、市場なども登場させ、サービスも忘れない。

 誰にも、老いの倦怠は押し寄せる。だから、一歩でも踏み出さないと、人生、何も変わらない。映画は、いささかの勇気をもって、一歩踏み出すことの大いさを伝えて、清々しい。人生において、何かをするのに、遅いということはない。何もしないのを後悔するよりも、何かをしようとしたことのほうが、結果はともかく、重要だろう。この早春、必見の感動作、喝采を送りたい。


【Story】
 イヴリン(ジュディ・デンチ)は、40年間連れ添った、夫を亡くしたばかり。グレアム(トム・ウィルキンソン)は判事を引退し、退職のパーティに出ている。ダグラス(ビル・ナイ)とジーン(ペネロープ・ウィルトン)夫妻は、老人に優しい家を物色中。30年も役所勤めをしたのに、この程度の家かと、ジーンは不満だ。ミュリエル(マギー・スミス)は、白人至上主義、病院でも英国人の先生をと、わがまま放題。ノーマン(ロナルド・ピックアップ)は、まだ現役だとばかり、若い女性と出会いを重ね、異国で暮らすのを夢見ている。マッジ(セリア・イムリー)は、息子夫婦の家を飛び出し、結婚、離婚を繰り返し、金持ちとの出会いを願っている。

 イブリンは、夫の残した負債を返すために家を売却する羽目になる。息子から同居を提案されるが、あっさりと拒否する。ミュリエルは、人工股関節に換える手術が必要になる。イギリスでの手術は半年後、迅速かつ低料金で受けられるインドでの手術を選ぶ。イヴリンがネットで、行きの旅費はホテル負担という穴場情報を見つける。「人生の豊かな円熟期に、英国式の洗練されたインドの邸宅での暮らしを・・」。インドのジャイプール近郊にあるホテル、ローズマリーは、「眺めのよいテラス、明るい中庭、丸天井、いくつもの屋根付きバルコニー、歴史を感じる建物での穏やかで心地よい日々、滞在する方々をかつての統治時代に誘う」はずであった。グレアムは、かつてジャイプールに住み、数十年ぶりに会いたいと思う友人がいる。

 ネット情報では、老後の長期滞在には、立派すぎるほどのホテルだ。しかも格安、7人は、ジャイプールにあるローズマリー・ホテルに向かう。デリーに無事到着したが、ジャイプール行きの飛行機は欠航、古いバスで移動することになる。溢れた音と色彩、暑さに喧噪のインドである。グレアム以外のメンバーは、おそらく初めてのインドだろう、カルチャーショックが連続する。
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 ホテルに着いたものの、ネット情報とは大違い。先代から譲り受けたホテルは、若い支配人のソニー(デヴ・パテル)が運営、将来の姿をネットに掲載した、と悪びれない。電話は通じない、ドアはない・・。払った前金を返せと迫っても、3ヵ月先と答える始末。インドのことわざで「最後は万事めでたし」とソニー。やむを得ず、7人のホテル暮らしが始まる。堂々たる態度のイヴリンに、グレアムはインドでの秘めていた過去を打ち明ける。有色人種を蔑視していたミリュエルは、車椅子での生活だが、親身に世話をするインド女性に接するうちに、少しずつ心を開いていく。

 ソニーには、優秀な兄たちがいる。母親はソニーの兄たちに相談して、ホテルの売却を決めている。経験不足もなんのその、ソニーは、なんとかホテルを再建するよう、あちこちに融資を持ちかけ、ホテル再建の努力を続ける。ソニーには、母親が結婚を許さないガールフレンドがいる。滞在客とも、いつのまにか知り合いとなる。気弱なダグラスは、イヴリンたちと接するうちに、徐々に自らを見直し始める。グレアムは、会いたいと願っていた人物を訪ねる決心をする。

 7人は、とにもかくにも、ジャイプールでの生活を始める。劇的に変化する者もいれば、変えようとしても変えられない者もいる。ホテルは存亡の危機に直面する。果たしてホテルは再建できるのだろうか。そして、人生の岐路に立つ7人は・・。

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「マリーゴールド・ホテルで会いましょう」
2013年2月1日(金)、TOHOシネマズ シャンテ、Bunkamuraル・シネマほか全国ロードショー
©2011 Twentieth Century Fox




インドの風がささやいた
やりたいように、やればいい。

変わるにはもう歳だと思う時もある
でも 本当の失敗とは“やらないでおくこと”E1359593524074_4.jpeg