”知らない町を歩いて見たい“ とおもっているのですが、どこか遠くの町ではなく、あまり遠くない「栃木市」を歩きたいと、いろいろ調べてみています。

 

実は、実は、2013年の10月に『栃木市を歩いて見たい その① 鯉の居る町・蔵の町』を綴っていたのです。何故か?「その②」「その③」もないのに「その①」となっていたのです。と云う事で、今回13年の月日が流れて「その2」を綴る事にしました。

 

※13年前のその①です。

     https://ameblo.jp/sutasta0906/entry-12930378673.htm

 

因みに、栃木市の人口変化を調べてみたら、13年前は14万9752人で、今年3月1日時点では14万8317人で、少子化のむなか、その差は-1435人で、それなりに検討している?

 

栃木県の市の中で人口は第3位で、1位がダントツの県庁所在地の宇都宮市で51万0182人、第2位が小山市で16万5.378人です。因みに、むかし、むかし、栃木市が県庁所在地だったそうです。

 

それで、どの交通機関を使うかです。今回は、鉄道を使って栃木市に向かう計画です。YouTubeでJR水戸線【A案】の動画をチラット見て、単線でなかなかローカルで、偶には、のんびり、鉄道旅もと思ったのでした。

 

因みに、鉄道旅で別ルートは、所要時間が1時間近く短い【B案】も調べたのですが、関鉄常総線経由で、あまり魅力を感じないので、一応調べただけです。

 

   【A案 乗り換え2回 】         【B案 乗り換え4回 】

   

    所要時間3時間04分             所要時間2時間14分 

            114.3㌔ 2.090円            86.2㌔ 2.280円

   竜ケ崎市駅   09時08分 発      竜ケ崎市駅   08時58分 発

  (JR常磐線)   ↓         (JR常磐線)     ↓         

   友部駅       10時13分 着      取手駅     09時06分 着

  (JR水戸線 )   10時21分 発       (関鉄常総線)  09時18分 発 

            ↓                   ↓

   小山駅     11時25分 着      水海道駅    09時47分 着 

  (JR両毛線 )   12時02分 発       (関鉄常総線)  09時51分 発 

                ↓                     ↓

   栃木駅     12時12分 着      下館駅     10時28分 着 

                      (JR水戸線)    10時32分 発

                                ↓ 

                       小山駅     10時54分 着

                               11時02分 発

                                ↓

                       栃木駅     11時12分 着   

 

それと、一応、クルマで行った場合も調べました。旅は事前の調べが、それなりに楽しく、認知機能への良い影響を期待しているのです。調べる事(インプット)、調べたことを書く(アウトプット)この一連の動作が、それなりに脳を刺激し脳の老化を防ぐとの、そんな話を耳にしたのです。

                     

因みに、クルマは、「道路検索ルート案内」で見ると、

 

高速使用だと123.7㌔・1時間38分・2.990円それに+ガソリン代 (124㌔÷15㌔/ℓ=8.3ℓ 160×8.3=1.328円)で2990+1328=4.318円    

 

下道は78.1㌔2時間0分+ガソリン代は833円(78.1㌔÷15㌔/L=5.2ℓ×160円=833円) 

 

時間と料金を考えると車で下道がベスト。しかし、今回は"飲み鉄旅"で、常総線よりも、一度も乗ったことのない、JR水戸線に乗って見たいので、A案の友部経由に決定したのでした。

 

JR水戸線は友部駅と小山駅間、50.2㌔を走るローカル色濃い幹線?で単線。水戸線とありますが、水戸までは行っていません。

 

”知らない町を歩いて見たい“ と思って、"どこか遠くの町" ではなく、今回は、あまり遠くない「栃木市」選んだのですが、ほんとうは、寂れた地方の町で、寂れた居酒屋で一杯、そして、寂れた宿で一泊なんてのが理想なのですが、寂れた町には宿泊施設は無いのです。

 

2年前は、同じ栃木の足利市を歩いて、ビジネスホテルで一泊したのですが、歩き過ぎて疲れ、ホテルで夕食となったのです。一泊するほど見るところもなく、日帰りで十分だったと思ったりしているのです。

 

一昨年は姫路に行ったのですが、この時は、歩き疲れホテル(ここは夕食無し)の前の居酒屋で一杯飲んで寝ました。

 

20年前は車で青森旅行(2泊)を決行したのですが、もう、その元気はありません。

 

♬知~らない町を~歩いて見たい~ ♬何処か遠~くへ~行きたい~ 何て気持ちはあるのですが、なかなか決行を決断する気力が無くなった今日この頃なのです。

 

ゴールデンウィークも終わったので、そろそろ、栃木に行って見っか !! 

 

早く行かないと、ホントに、ホントに、遠い、遠い、遥か彼方の彼岸に逝ってしまうので・・・。

 

それでは、また。

 

 

 

 

 

東海林さだお氏が4月5日に、心不全で亡くなられました。

1937年生まれで88歳でした。

 

それにしても、偶然だと思いますが、今現在、夜中に眼を覚ました時に、睡眠導入剤として、東海林さだお氏の『ショージ君のにっぽん拝見』を読んでいる最中でした。『ショージ君シリーズ』、『まるかじりシリーズ』は全シリーズ買い求めました。

 

2月には、これも偶然だと思いますが、『こんにちは久米宏です』を読んでいる最中に、久米さんの訃報がありました。

 

 

偶然が、このところ続いているのですが、よくよく考えて見ると、この偶然の重なりは、それなりの必然だと、気が付いたりしています。

 

私も、後期高齢者となり、これからは短く、これまでは長く、これまでに想いを寄せるお年頃となり、むかし、むかし買い求めた本を懐かしみ、過去に想いを馳せ、本棚からひっぱり出して、夜中にページを捲る今日この頃。

 

わたしが本を買い求めた頃は、20代前半から40代後半の頃が一番のピークでした。東海林さだおの『ショージ君のにっぽん拝見』1990年の第15刷。初版は50年前の1976年で、この本が彼のエッセー集の文庫化第一号だった気がします。

 

因みに、彼の連載漫画は、一冊も、単行本化も、文庫化もされて無いそうで、連載エッセーは全て、単行本化、文庫化されているようです。確かに、漫画よりも、エッセーの方が面白いです。漫画家と云うよりも、エッセイストの方が正しい?

 

それで、必然の話ですが、私が本を読み始めた頃に活躍していた著者が、ひとり、また、ひとりと、平均寿命に近づいて、この世から消えていく、そんな年齢に、そんなご時世に、と、しみじみとする今日この頃。

 

思えば、わたしがよく読んでいた、「井上ひさし」2010年に75歳で、2012年に「小沢昭一」が83歳で、2015年に「野坂昭如」が85歳で、2016年に「永六輔」が83歳で、今年1月1日に「久米宏」が81歳で亡くなっています。最近よく耳にする85歳の壁。

 

それと、「五木寛之」ですが、強烈な印象を受けた初期2作品『さらばモスクは愚連隊』と『青ざめた馬を見よ』は若い頃だからこその小説です。いまでは、もう、読み返すことは無いと思います。93歳でご存命です。それと、晩年の彼は、時節にうまく乗る、商売上手の物書屋でした。失礼。

 

それで、東海林さんですが、文庫のショージ君シリーズのカバーのイラストは、著者本人が描いているとばかり思っていたのですが、今回、カバー裏の「カバー・和田誠」に気付きました。2019年に83歳で亡くなっていました。

 

和田誠と云えば、奥さんが「平野レミ」で、久米宏と一緒にラジオ番組をやっていました。番組内のクイズコーナーで、彼女が『オトコガデルカ!オンナガデルカ!』と叫んでいた声が今でも耳に残っています。最近も、テレビで顔を見かけます。1947年生まれで現在79歳ですが、かなりお若く見えます。 

 

それで、男性の寿命は2024年調べで81.09歳で、「健康上の問題で日常生活が制限されることなく生活できる期間」の ”健康寿命” は2022年調査で男性が72.57歳。

 

健康寿命を4年越えて、今のところは、快食、快便、快眠で、それなりに元気。

 

2年ほど前から眼科に白内障で3ヶ月に一度通っていますが、自覚症状はありません。たまたま左眼の出血が、3ヶ月ほどの間で2回あったので眼科を受診しました。その時、初期の白内障と診断されたのです。出血原因は不明でした。ホント!病院に行かなければ病気にはならない、と云う、真実。

 

それで、眼の出血ですが、後で解ったのですが、瞼の傍に一本の眉毛が長く伸び、眼球を傷つけていたのです。その後は、時々、伸びてきたら自分で切り落としています。歳をとると眉毛が伸びるのです。この現象は老化により、成長と抜け落ちのサイクル「毛周期」がぶっ壊れて起きる現象だそうです。いろいろとぶっ壊れるお年頃。

 

それで、現在76歳、健康寿命を4年越えて、平均余命は11.75歳だそうで、平均的人間である私は、87歳までは、なんとか、かんとか、生き永らそうです。それにしても、残された時間は約12年、う~ん、短い!

 

気候もよくなってきました。身体が動くうちに、いろいろと、知らない町を歩いてみたい、と思うのです。有名な観光地ではなく、それとなく寂れた地方の町を、あてもなく彷徨い歩いてみたいと想う今日この頃。

 

これで、本日の認知機能低下防止対策を終わります。

 

それでは、また。

 

 

 

 

今回は、橋本健二著の『新・日本の階級社会』講談社現代文庫、税別1100円のお話です。初版は2018年1月、私が買い求めたのは2025年9月の8刷。

 

著者の橋本健二さんは、1959年生まれで、東大教育学部卒で、現在は早大人間科学学術院教授(社会学)。59年生まれですから私より9歳下で、現在、67~68歳でしょうか。と、云うことは。いまはもう定年で名誉教授? まあ、そんな事は、どうでもよい事でした、はい。

 

 

はい、こちらが、帯の宣伝文句です。

 

〈表紙側〉

  • もはや「格差」ではなく「階級」 
  • 固定化し、次世代へ  
  • 「継承」される不の連鎖
  • 900万人を超える新しい下層階級が誕生。 ・日本社会未曾有の危機。   

 

〈裏 側〉

  • 豊かな人はより豊かに、貧しい人はより貧しく、「日本型階級社会」の実態!!!
  • 日本は「格差社会」などと云う生ぬるい状態ではない!すでに「階級社会」になっている。
  • ひとり親世帯の半数(50.8%)が貧困層の社会。
  • 中間層は「上昇」できず、子どもは下の階級に転落する社会。
  • 1980年前後から始まった「格差拡大」は40年近く放置され「一億総中流」はもはや遠い昔。
  • SSM調査(社会階層と社会移動全国調査)のデータと、2016年首都圏調査データを中心に、現代日本の恐るべき実情が明らかに。

それで、話は本筋から大きく逸脱するのですが、”豊かな人はより豊かに、貧しい人はより貧しく” の文字、見た瞬間、頭にひらめいたのが 『美しい方はより美しく、そうでない方はそれなりに』のフレーズでした。

 

富士フイルムのCM(1980年)で、岸本加世子から樹木希林(80年ですから悠木千帆)に向かってのセリフです。当時、大ヒットしたCMでした。40数年前のことはハッキリ覚えているのに、昨日の晩飯の内容は、ボンヤリとして思い出せない今日この頃。

 

はい、本筋に戻ります。

 

それで、私としては、この ”SSM調査” が気になるのでした。本文に度々登場するのですが、いったい実施主体は、民間機関なのか、公的機関なのか、まったく説明がないのです。

 

不親切なのか、それとも誰もが知っていて当然の調査なのか? もしかして、その筋では信頼性に疑問符が付く怪しい機関? ”SSM調査”と云う文字が ”SM調査” に見えたりして、まあ、それは冗談です。

 

それで、 ”SSM調査” 調べてみました。

 

1955年以来、10年に一度行われている、社会階層や不平等、社会移動、職業、教育、社会意識などに関する社会調査。

 

実施主体は第1回のみ「日本社会学会」によって実施され、それ以降は「任意の研究者グループ」によって実施されているそうです。任意の研究者グループと云う処が、ちょっぴり、何か、訳ありを感じたりして・・・。

 

直近では、8回目の調査が、2025年に実施されています。実施主体は「2025年社会階層と社会移動調査研究会」となっています。調査の度に組織が設立されるようです。やっぱり、訳あり?

 

今回のこの組織は、東大社会科学研究所の藤原翔氏・永吉喜久子氏、2名が共同代表となっており、文部科学省所管の独立行政法人である日本学術振興会の研究助成で実施されたようです。

 

因みに、”SSM” ですが、社会階層の英語表記--- Social Stratificationと社会移動の英語表記--- social Mobility の頭文字をとっての略称。

 

はい、前置きが長くなりました。本筋の感想を述べたいと思います。

 

兎に角、グラフが多く、棒グラフ、折れ線グラフ、帯グラフ、ヒストグラムと、数字がいっぱいの表とか、最初から最後まで、表がいっぱい、グラフがいっぱいページを埋めるのです。読み物としては、あまり面白くありません。

 

いつものように、斜めかっ飛ばし読みです。それで、階級は以下の4階級に分類して分析しています。

  • 資本家階級 (  4.1%)・・・経営者・役員
  • 新中間階級 (20.6%)・・・被雇用の管理職・専門職・上級事務職
  • 旧中間階級 (12.9%)・・・自営業・家族従業者
  • 労働者階級 (62.5%)・・・被雇用の単純事務職・販売業・サービス業・単純作業労働者

それで、昨今、巷で問題となっている、労働者階級の、正規と非正規の問題です。2015年調査で、男性正規の年収が428.1万円に対して、非正規は213.0万円。女性正規が295.9万円で、非正規は163.9万円。現在はもっと広がっていると思います。

 

因みに、2026年2月の総務省発表の労働力調査では、総雇用者数が6176万人で、正規が3674万人、非正規が2156万人で、非正規の割合は34%となっています。

 

それで、気になった指摘なのですが、それは、

 

『所属階級、格差意識、政治意識は、相互に深く関係しているものの、その関係はしばしば複雑で、一筋縄ではとらえられない・・・階級と格差、そして、政治意識の間には単純な関係があるはずだという思い込み・・・これまで日本の伝統的な左翼勢力の間で信じられてきた・・・「社会主義革命仮設」・・・資本主義社会を構成する二大階級は、資本家階級と労働者階級である。資本家は労働者を搾取・・・資本家階級に富は集中し、労働者階級は窮乏状態に・・・そして、労働者階級は資本主義経済の克服を求め、直接行動を通じて、あるいは議会的手段を通じて・・・政権を掌握し資本主義を廃絶・・・これが左翼運動の基本的な合意だ』

 

なのですが、えっ! いまどき、これが、左翼運動の基本的な合意なの? そんな単純な左翼がいるのか? と思ったのです。たぶん、ですが、著者自身の過去を語っているような? いまでは日本共産党でも、外部的には資本家とは云わず経営者と云う時代。そもそも左翼と云うか、社会主義者・共産主義者は絶滅危惧種?

 

そんななかでの『人新世の資本論』の斎藤幸平氏です。最近はTVにちょくちょく顔を見せています。彼は、マルクス主義の一筋の光明です。

 

そんななかでの、”れいわ新選組” です。今回の衆議院選で大敗しました。大声で!労働者の敵!資本家!と叫んでいます。とくに”大石あきこ” の政治スタイルは疑問です。一部と云うか、中枢部と云うか、かなりの部分で、遅れてきた左翼が内部を牛耳っているような、そんな気がする今日この頃。

 

それと、政治に無関心な人々からは、”れいわ新選組” と云う党名は、参政党よりも、とても、とても、怪しい政党に思われています。山本太郎が病気で議員辞職をした現在、今後、れいわ新選組は雲散霧消の気配が濃厚。

 

話がまたしても逸れました。それで、『階級と格差、そして、政治意識の間には単純な関係があるはず 』だとの、” 誤った ” 思い込に対する説明です。

 

『自己責任論は、格差社会の克服を妨げる強力なイデオロギーである・・・自己責任と云う言葉が広く使われるようになったきっかけは、1990年代後半の「金融ビックバン」で・・・リスクの高い多種多様な金融商品が出回り、「損失が出ても自己責任」とし使われていた』

 

『ところが近年では、自己責任の範囲が際限なく拡大され、失業も、低賃金も、非正規労働者になるのも、貧困に陥るのも自己責任との論調が少なくない』

 

との著者の主張はそれなりに正しいとは思います。では何故、その論調が際限なく拡大したのか、それは、私としては、日本人の意識の根底にある ” 恥の文化”  が大きく影響していると考えます。生活保護がその象徴と考えます。

 

本書で、格差縮小の策として、いろいろな方策のなかの一つとして『生活保護制度の実効性の確保』のなかで、生活保護受給の捕捉率を採り上げ、

 

『日本の捕捉率が15.3%で、先進国と比べて・・・スウェーデン約82%、ドイツ64.6%、フランス91.6%等々著しく低い・・・原因はふたつあり、①時給条件が厳しすぎること、②「水際作戦」…申請窓口での厳しい規制…』

 

と指摘しています。

 

でも、しかし、私としては、捕捉率の著しく低い大きな原因は、生活保護を受給する行為は、世間様に対して、とても、とても、恥ずかしく、情けなく、みっともなく、自己の無能と怠惰の結果をさらす行為、と考えるからだと思います。根深い恥の文化の影響です。

 

そして、恥の文化に加えて、こちらも日本人の意識の深層にある、”和をもって尊し” の思想です。他人の所為にしない、和を乱す自己主張を控える・・・、これは、やはり、日本の地理的、気候的条件から生まれた特性?

 

はい、それでは、最後に、最近、世界でも、日本でも、問題になっている ”排外主義” についてです。


『排外主義・軍備重視を支持する人々は、無党派、他の政党支持者を引き離し、自民党支持者に顕著・・・ところが、所得再分配に積極的でかつ排外主義的傾向の強い「格差是正排外主義」が資本家階級19.8%、新中間階級17.5%、旧中間層28.7%、正規労働者階級22.4%、そして、非正規労働者で36.2%と、もっとも大きくなっている』.....2016年首都圏調査

 

これは、10年前の調査ですか、10年後のいまでは、もっと、もっと増加しているはずです。日本人ファーストを叫ぶ参政党が衆議院選で議席を大幅に増加させたことで証明されました。非正規だけではは無く、他の階級でも排外主義は増加していると考えます。

 

それで、排外主義ですが、欧米では「反移民主義」で、日本の排外主義は、対象はアジア・中近東が主で、特に、第二次大戦の戦争責任問題による、嫌韓、嫌中感情が中心だと思います。

 

特に近年、日本の経済力が低下し、経済成長が、所得が、30数年低迷し、GNPで中国に抜かれ、一人当たりのGNIでは韓国に抜かれたりしていることが、大きく影響していると考えます。

 

それと、身近な問題として、事実として、賃金の上昇が抑えられている原因が、いろいろな名目で働く、外国人労働者の影響であると、非正規の労働者は肌で感じているのです。

 

資本も、労働者も、国境を越え、グローバルサウスとグローバルノースの賃金は、低い方向に平準化され、ノースの労働者は生活レベルが低下し、サウスの労働者は生活レベルがそれなりに向上。

 

低い方への平準化ではなく、高い方への平準化は無理? 水は高いところから、低いところに流れるのは真理?

 

いや、資本主義経済がそろそろ終焉を迎え、地球環境的にも、新たな富を生み出す力の限界を迎えている? そうですよねェ!斎藤幸平さん!

 

話が長くなってしまいました。 ホント!いつもの2倍の長さです。最後まで読んでくれる人は、いつもの半分かもね。

 

はい、まあ、これで、本日の認知機能低下防止対策を終わりとします。

 

それでは、また。

 

 

 

先日、日米首脳会談が終わりました。

 

見っともなく、恥ずかしく、苛立たしく、屈辱的光景を見せられました。

 

政府は、トランプからホルムズ海峡への、掃海艇の派遣要請が話題とならなかったこと、無理難題も無く、ほぼ会談は想定内で、ヨカッタ!ヨカッタ!で成功だったと総括しているようです。

 

しかし、会談後に、トランプのSNSでの発言、米高官からの発言で、派遣について、アメリカ側に、それなりの回答をした事実が漏れ伝わってきています。

 

兎に角、まあ、トランプをは怒らせない事、日本国内の世論の反発を避ける、この双方を考慮した、どちらともとれる、双方が、自分に有利に、解釈できる、説明できる、そんな発言を、早苗は、ドナルドにしたと推測できます。

 

それにしても、早苗のドナルドに対して、抱き着いたり、上目づかいだったり、女を出し過ぎで気持ち悪かったです。日本国の首相の態度ではありません。まあ、彼女はこのスタイルで政界を泳いで渡って、首相にまで上り詰めたのですから、当然、最大の武器と思っているのです。

 

でも、私的には、笑顔も、上目使いも、ぴょんぴょん跳ねも、とても、とても、気持ち悪いだけです。

 

一番屈辱的だったのは、日本人記者からトランプへ「イラン攻撃をNATO諸国や同盟国に何故、事前連絡をしなかった?」との質問に対してのトランプの回答が、

 

『日本の、パールハーハーへの先制攻撃に対して、我々は事前通告を受けなかった』と発言し、そのとき同席していた、副大統領、国務長官、国防長官、その他の高官達が、鼻でせせら笑った光景でした。

 

日本の奇襲攻撃は卑怯で、アメリカの奇襲攻撃は正義なのです。根底には、根深い、人種的、民族的、宗教的な差別意識が存在するのです。

 

それにしても、ですよ、早苗とドナルドの態度・対応ですが、これまでの大統領も、日本に対する態度、対応も、日本の首相の、態度、対応も、基本的には大差ないのです。

 

ただ、大統領がドナルド・トランプだったこと、首相が高市早苗だった事で、より顕著に、露骨に、下品に露呈しただけなのです。

 

戦争に負けたこと、天皇の戦争責任を米国のご慈悲で免れたこと、これが、ずっと、ずっと、日米の従属関係を規定している、と云うか、日本が過剰に反応しているのです。

 

日本は、戦後、戦争を放棄し、ついでに、主権も放棄して、官民あげて、経済に、金儲けに、すべてを捧げて邁進してきたました。

 

アメリカにちょっとでも逆らったら、軍事的には日本から、海兵隊が消え、海軍が消え、空軍が消え、核の傘が消え、中国、北朝鮮、ロシアに対する防衛バランスが崩れ、日本の安全保障は風前の灯? 

 

そして、経済的には、アメリカへとの貿易が激減し、日本経済は大打撃? そんな懸念と云うか、過大な恐怖と云うか、もう、そろそろ、そんな妄想から解き放たれるべきだと考えます。

 

アメリカに対して、誇大に怖がらず、YESも、NOも、正々堂々とハッキリ言える国になるべきです。

 

アメリカにとって、日本は、政治的にも、外交的にも、軍事的にも、経済的にも、対中国、対ロシア、対北朝鮮的にも、それなりに必要な国家です。

 

因みに、日本の輸出に占めるアメリカの割合は19.9%で第1位です。第2位が中国で17.6%で、その次が韓国が 6.6%、台湾が 6.4%、香港が 5.1%となっております。

 

日米安保破棄で、国交断絶をするわけではなく、従属的関係から、対等な関へとに距離をとるべきです。そして、手始めに、日米安保条約と地位協定の見直しです。

 

米軍は世界中に基地を持っていますが、世界で一番、屈辱的、差別的な関係となっているのが、日米安保条約と地位協定です。

 

そもそも、米軍基地内は日本の法律の適用除外とか、首都圏の上空が米軍の支配下(横田空域)にあるとか、日本の米軍基地から他国への攻撃に日本の事前了解を必要としないとか、米軍関係者の犯罪に捜査権が無いとか、出入国管理法からの除外とか、いろいろ、屈辱的な取り決めが等々、見直すべきです。

 

それに対して、アメリカが強硬姿勢で反対したら、それに対して日本国民は、覚悟を決めて強硬に、正々堂々と、キッパリと、日本人の矜恃として断固主張していくべきです。

 

もし、それによって被る損失があったとしてら、それなりに、歯を食いしばって受け入れる覚悟は必要と考えます。へらへら笑ってアメリカの尻を舐めるような、恥ずかしいことはもう止めるべきです。

 

まあ、あくまでも、反米ではなく、米国との対等関係で、中国と米国の狭間で、Middle powerとして、中堅国として、それなりに、巧く立ち廻る国家を目指すべきです。

 

おう、何か、とても、話が、デカくなってしまった。

 

兎に角、世界に恥ずかしい、アメリカの尻舐めは、もう、独立国として、そろそろ終わりにしましょう!と云うお話でした。

 

それでは、本日の認知機能低下防止対策を終わります。

 

それでは、また。

 

 

 

 

『世界秩序…グローバル化の夢と挫折』

中公新書  田所 昌幸 著  2025年9月25日発行 のお話です。

 

それで、本の"帯"と云うか、"腰巻"と云うか、この本の宣伝文が、このように書かれています。

 

表紙側には、

『覇権の誕生と終焉・・・崩れゆくアメリカ主導のグローバリゼーション 大転換する世界はどこへ向かうか?』

 

背表紙側には、

『古代ローマ帝国からアメリカ一極優位まで』

 

裏表紙側には、

『第二次大戦以降、アメリカが主導してきたグローバル化が挫折しつつある。自由民主主義と市場経済の社会モデルが綻びを見せ、権威主義の中国やロシアが秩序変更を狙う。世界はこれからどうなるのか・・・。本書は古代ローマ帝国から現代のアメリカ一極優位までを俯瞰し、「一つの世界」への統合と、分解のダイナミクスを捉える。さらにグローバル化後の「四つの世界秩序」の可能性と、日本の未来を考察する』

 

すごいです! 大きくでました田所さん。この内容で920円+税ですから、お安い買い物です。

 

"古代ローマ帝国から現代のアメリカ一極優位までを俯瞰し、アメリカが主導のグローバル化の挫折から、日本の未来の考察"まで。これは、かなり、認知機能の低下防止対策に役立つのでは、と、思った次第。 

 

それで、評論本の読書スタイルですが、先ずは〈 はじめに 〉を読み、〈目次〉に目を通し、本文を飛ばして〈おわりに〉を読み、本文は斜めすっ飛ばし読み。これが最近のスタイル。

 

それで、話は少しだけ変わりますが、此のところ、寝る前とか、夜中や早朝に目が覚めた時などに、睡眠導入剤的に軽い本(内容的・重量的)を読むのですが、いまは、偶然、あの"久米宏" の『こんにちは、久米宏です』(発行1989年12月15日)を、埃まみれの本棚から取り出し、ページを捲っているのです。

 

それが、先日(1/13)、彼が元日に亡くなっていた事を知りビックリしたのです。肺ガンで81歳でした。で、彼も、私と同じような、"斜めすっ飛ばし読み"をしていた話が書かれていました。

 

まぁ、それがどうした? と、問われても・・・。まぁ、彼がこの本を書いたのは45歳の頃、"ニュースステーション" でバリバリで、寝る間も惜しむ時です。私の方はと云えば 、気力、体力、思考力、集中力、持続力の低下が原因での斜めすっ飛ばし読み。

 

話が逸れました。『 世 界 秩 序 』のお話に戻ります。それで、〈はじめに〉の冒頭で、

 

『黄金の拘束衣・・・アメリカの有名なジャーナリスト、トーマス・フリードマンが、グローバル化が進む世界でよい生活がしたいのなら、アメリカ流の政治経済モデル、つまり「黄金の拘束衣」をまとう以外に道はないと言ったのは1999年の事である』

 

と、記しています。"黄金の拘束衣"ですが、トーマス・フリードマンが『レクサスとオリーブの木』(1999年発行)と云う著書で記述し、その筋では、それなりに有名言葉のようです。

 

それにしても、"黄金の拘束衣" と云う言葉、何か、聖書とかギリシャ神話とかに出てくる、とても、とても深い、意味ありげな言葉のように見えるのです。でも、違う様です。

 

『金融資本家は全ての国に、金融引き締め、小さな政府、低い税率、流動的な労働市場、規制緩和、民営化、そして全世界に開かれた経済で縫い合わされた"グローバリゼーションの服"を着るように迫り、それを着れば経済は成長し、政府は縮小する』

 

といったことから"黄金の拘束衣"という意味から出来たようです。知りませんでした、勉強になりました。

 

でも、拘は「強くとらえる」「こだわる」「束縛する」といった意味を持ちます。拘束されるのは政府と労働者で、それによって利益を得るのは、儲かるのは、資本家とか、株主とか、投資家とか、投機家とか称される金を出す連中で、政府と労働者は損をし疲弊するのです。

 

それで、

『フリードマンの高らかな勝利宣言の賞味期限がきれるのにそう時間がかからなかった。2001年9月、アメリカの繁栄と軍事的優越の象徴とも言うべき、世界貿易センターと、国防総省への同時多発テロ』  

 

ここから、アメリカ一極優位が崩れ始めた、と記ています。

 

そして、『「歴史の大きな力」は、過去を説明する時には見えやすいものだが、歴史の渦中にいる人にはこの先何が「大きな力」になるのかは往々にして解らないということを、ギリシャ悲劇は教えている』

 

この先の事は、未来は、だれにも解らない? でも、しかし、本の宣伝文句には "日本の未来の考察" が謳ってあるけど、考察とは「考えて、調べて、明らかにする」ことですが、冒頭から宣伝文句は否定されるのです。

 

まあ、未来への"ひとつの考察"と解釈するべきで、こんなところでイチャモンつけてはいけないのです。これって、認知症の初期症状?

 

はい。次は〈おわりに〉を読みます。

 

『いつのまにか歳をとってしまった・・・電車で席を譲られる年齢になってしまった』

えっ、私には経験ありませんが、私より6歳若くて、席を譲られたのですか・・・、これは、かなり、ショックだったでしょう。因みに、著者 田所 昌幸 氏 の経歴を記します。

 

1956年 大阪府生まれ

1981年 京大法学部大学院卒

1983年 ロンドン・スクール・オブ・エコノミックス修了 法学博士 

1997年 防衛大学校教授

2002年 慶応大学法学部教授

2022年 国際大学特任教授

 

『私が生まれたのは1956年だから、高度経済成長期に子供時代を過ごした世代・・・白装束の傷痍軍人が駅前の地下道でアコーディオンを弾いていた姿をかすかに覚えている・・・1964年東京オリンピックはテレビで見た・・・1970年の大阪万博には何回もいった・・・大学生になって海外旅行も行った・・・学生運動は過去のものになっていた・・・イデオロギー対立で悩むこともなかった・・・最初に給料をもらうようになった27歳の時からずっと失業もせず大学で生きてこられた・・・これまで平凡かつ平穏に過ごしてこられたのは、総じて安定し繁栄した時代を生きた幸運によるものだ・・・そんな私は「アメリカ帝国」が主導した世界秩序の下で生きてきたと言える』

 

私とは異なり、恵まれた家庭で何不自由なく育ち、学問一筋の大学教授で順風満帆の人生を送られていた方です。そして、

 

『だが私がともに生きたアメリカ帝国はもはやない。ならそれと連動して、日本もこれまで通りには行かないと覚悟すべきだろう。歴史を振り返れば戦後日本のように基本的な体制や制度が80年も続くことはむしろまれで、私の学生や子供たちの生きる世界はずいぶん違ったものになりそうだ。それではそれはどんな世界なのか、そんな思いで本書を執筆した』

 

そんな思いで、私は本書を買いました。そして、

 

『次の時代を切り拓くのは、これまでの制度や常識の枠内で賢く立ち回る人たちではなく、そういった枠を食い破って挑戦する人々なのだろう』

 

ごもっとも、 "あたり前田のクラッカー" ですが、枠を、政治を、経済を、社会制度を、食い破って、ぶっ壊すのも容易ではない、 いや、古い制度は自壊する?

 

もしや、もしや、高市早苗が、これから4年間ですべてを破壊するかも?

 

アメリカの中間選挙が11月で、共和党の敗北は決定事項のようですし、トランプ大統領本人も敗北を覚悟しているようですし、2年後の大統領選は、いろいろ混乱が予想されています。最悪、内戦の危機も囁かれているようです。

 

EU諸国も英国も、格差で、貧困で、移民で、分断で、大転換、大混乱の様相です。

 

そして、そして、お隣の中国も、これまた、習近平政権が経済の停滞で不安定化しているようです。

 

たぶん、これからの4年間で、世界的に、第二次大戦に匹敵する、大転換、大混乱が起こると、その筋では、いろいろ云われているようです。

 

はい、『世界秩序』に戻ります。本分の最終章で著者は、

 

『・・・戦後の日本では、「日本」を守るために市民がどんな代償をどのように分担するのかを正面から語ることなく、政治については国家が提供するサービスの分配が主要な争点だった・・・ケネディ大統領が、1961年の就任演説で、「あなたの国があなたのために何ができるかを問わないでほしい。あなたがあなたの国のために何ができるかを問うてほしい」と高らかに訴えることを、もし日本の首相が国会の就任演説で言おうものなら、反発でなければ嘲笑を招くかもしれない』

 

いや、高市自民の圧勝を見た後では、喝采と称賛を受けるような、そんな気がする今日この頃。

 

それで、『反発でなければ嘲笑』とした理由として、

 

『言うまでもなく、戦前の軍国主義の下で、忠君愛国の美名のもとに国民が総動員され、多数の犠牲を出した挙句に徹底的な敗北を喫した苦い経験の為である』

 

そして、

『・・・民主主義を言うなら、国家の一員であることで受ける利益と共に、国家を支えるための負担や危険についても責任があると考えるのは自然だろう。・・・例えば兵役と云う形で、国民に危険の分担を求めているのは、軍国主義国に限られているわけではない。・・・ノルウェー、スウェーデン、デンマークなどの先進的な民主主義国家として評価の高い北欧諸国では、女性すら兵役の義務を負うようになっている』

 

だが、しかし、しかし、です。著者は〈はじめに〉で、

 

『日本は自由民主主義とは名ばかりの「異質な」国で、自民党の一党優位と官僚支配の国』

 

と述べているのです。だからヤバイのです。著者が云うように日本は『ノルウェー、スウェーデン、デンマークなどの先進的な民主主義国家』ではないのです。

 

国民は、『戦前の軍国主義の下で、忠君愛国の美名のもとに国民が総動員され多数の犠牲を出した挙句に徹底的な敗北を喫した苦い経験』を繰り返すことを危惧しているのです。

 

現に、自民党の改憲右派は、戦後憲法を否定し、人権とか、主権在民とか、自由とか、民主主義とかを制限し、戦前の天皇主権の憲法体制復活を目指しています。

 

著者は本書で、矛盾した論理展開をしています。田所さんとしては、兎に角、危険だらけの国際環境下、徴兵制で、軍備拡大で、核武装で、危険な国からの攻撃に備えたいのでしょう。

 

そして、もう一点、軍備拡張の大きな要因として、

 

『危険だらけの国際環境の中で、危険の分担という政治的共同体にとって基本的問題をあいまいにしながら戦後の日本が生き延びてこられたのは、安全保障上の核心をアメリカに依存してきたところが大きい。しかし、すでに論じてきたとように、そのアメリカ同盟の信頼性が今後も維持できるかどうかは疑問だ』

 

と、述べています。それで、私としては、「アメリカ同盟の信頼性が今後も維持できるかどうかは疑問だ』とありますが、これは、もう確定だと考えます。

 

アメリカは「南北アメリカ」だけを勢力圏として、その他の地域には、興味もないし、守る義理もないし、どうぞ皆さんだけで、おやりなさい! と、これはトランプが初めて言い出したのではなく、オバマの頃からの流なのです。

 

本日は、とても、とても、長くなりました。

 

はい、結論、米国抜きでの防衛政策、そして、軍国主義と無縁の、民主的な防衛組織の構築は可能か、この二点が、とても、とても、大きな課題です。二点とも、とても、とても、とても、可能性は低いと。

 

まあ、このまま行くと、徴兵制で、核武装で、旧帝国憲法の復活で、いつか来た道の可能性が高いと思います。高市政権の総選挙圧勝が、その第一歩なのでは・・・と、思ったりしている、今日この頃です。

 

それでは、また。