『テミスの不確かな法廷』、とても、とても、面白かったです。

 

NHK総合のドラマ10(毎週火曜10時~10時45分 全8話)、現在は第4話(1/27)まで放送されています。次回は2/3で、明日です。

 

ところで、タイトルにある " テミス " ですが、 テミスとは、ギリシャ神話で語られている「法の女神」だそうで、劇中でも登場します。

 

それと原作ですが、たぶんと云うか、当然と云うか、司法関係者だと思ってはいましたが、原作の "直島翔さん" は "元司法記者" でした。裁判官、検察官、弁護士、を描くには、元司法記者は、なるほどなぁ~、思ったりしました。

 

それで、第4話なのですが、タイトルは「伝説の反逆児」。 この反逆児とは、安堂判事捕(松山ケンイチ)の上司で、出世街道から外れ、地方支部回りの、部長判事門倉だったのです。演じるのは遠藤憲一。

 

と、云う事で、第4話の主役は、安堂(松山ケンイチ)ではなく、門倉(遠藤憲一)となります。

 

この部長判事ですが、第1話から第3話までは、定年まで残り2年を日々平穏に過ごし、定年後は "公証人" のイスを願っているだけの、"長いモノには巻かれるタイプ" の判事に見えたのです。

 

でも、しかし、"癖のある遠藤憲一" が演じているのですから、何処かで、きっと、ぶち切れて、一泡吹かせる、と思って見ていました。

 

そして、そして、第4話は、運送会社の死亡事故の原因をめぐる裁判。死亡したドライバーの娘が、原因は不法な長時間労働であると、会社を訴えた裁判。

 

運送会社の背後に国の息がかかった外郭団体の影がちらつき、同期に任官した判事で、現在、最高裁事務総局長から「悪目立ちするな」と警告され、その場では、それなりに受け入れ、定年後に、公証人への任命を懇願するのでした。

 

因みに、公証人ですが、平均で約1,500万~2,000万円の年収があり、弁護士とか、検事とか、裁判官とかの、かなり、かなり、美味しい再就職先のようです。任命権は法務大臣だそうです。

 

それで、運送会社の死亡事故裁判ですが、長時間労働の実態を法廷で証言すると通告してきた証人を、会社側が口止め料を渡し証言を撤回せるのです。

 

部長判事門倉は、会社側による証人の買収、最高裁事務総局長からの警告を受け、原告が不利として、原告に和解を提案するのです。


そこで、原告側の女性弁護士から『あなたは私の憧れだった"沖縄軍事基地による環境汚染訴訟" "北陸原発運転差し止め訴訟" を愚直に真実を追求して正しく裁いた。それが牙を折られ、落ちるとこまで落ちたのですね』と、涙ながらに告げられます。

※因みに、上記2件の訴訟は最近のもので現在判決はでていません。

 

この二つの訴訟に対しての、門倉の判決により、出世街道から外され、定年まで地方裁判所まわりをさせられているのです。

 

門倉は『裁判官はロックでは生きていけないんだよ』と返答。若かりし頃の門倉は、ロックな生き方をしていたのです。忌野清志郎の『雨あがりの夜空に』を、任官37周年の記念パーティーで歌うシーンがあります。

 

このパーティーで、同期で出世した最高裁事務総局長から、係争中の裁判に対しての警告を受けるのです。

 

運送会社が、政治家を動かし、最高裁事務局長を使って、裁判に介入してきた事に、係争中の弁護士から私の憧れだったと告げられた事に、原告の娘による法廷証言で「ただ真実が知りたい」との涙ながらの訴えに、門倉のロック魂に火が付くのでした。

 

裁判官は、法律のみ基づいて判決を下すのです、がァ、実態は、世間の情勢に、そして、そして、時の政権の政策に忖度し、判決が下されています。

 

最近では、安倍総理暗殺事件の地裁判決がありましたが、山上被告の犯行に至る経緯はまったく無視され、殺害行為のみに言及した判決が下りました。統一教会と安倍や自民党との関係に、裁判所は触れたくなかったのです。

 

そもそも、政治的問題に触れる事案には、ほとんどの裁判所は、裁判官は、知らんぷりで、すっ呆けてしまうのです。

 

司法、行政、立法、三権分立は、現実には存在しません。司法と行政は政権与党が握り、人事と予算で司法を動かせるのです。そして、最悪なのは、自民党長期政権により、その体制はより強固となっています。

 

まあ、ちょっとばかし、横道に逸れました。兎に角、この裁判、一度は買収された証人が、安堂(松山ケンイチ)の行動により、長時間労働の実態を法廷で証言し、原告の勝利で終わります。めでたし、めでたし。

 

触れるの忘れましたが、主演の安堂判事(松山ケンイチ)は、発達障害・・・ASD(自閉スペクトラム症) と ADHD(注意欠如多動症)・・・ を周囲に隠している裁判官として描かれます。

 

それで、その演技ですが、これが、あの "ローソンのCM" でお馴染みの店員のお兄さんとは思えぬ、名演技。

 

発達障害の方をこれまでの人生で、一度も関わったことはありませんが、松山の演じる挙動が、とても、とても、それらしく見えるのです。まあ、症状については専門家の考証がされているとしても、名演技。

 

兎に角、発達障害の症状として「こだわり」が強調されています。いつも行く喫茶店で、いつものカウンターに座り、いつも、いつも"ナポリタン"を食べるのです。

 

安堂(松山)は、法律だけにこだわり、建前どおりに、法律に則り事件を裁くのです。病理的な要因で正しい判決がなされるのでした。

 

門倉(遠藤)は、時の権力に迎合せず、忖度せず、法律に則り、思想的な要因で事件を裁きました。

 

思想的要因は、地位とか、名誉とか、金銭とか、いろいろな雑念の、しがらみの影響を受けます。

 

病理的要因は、地位、名誉、金銭とか、いろいろな雑念の、しがらみの影響とは無縁です。

 

原作者の "直島翔さん" は "元司法記者" でした。記者時代に、思想的、病理的、双方の裁判官による判決を見てきたのでしょうか?

 

それとも、裁判の公正・中立・不偏不党 は、病理的要因の裁判官によってしか、保障されないと考えている?

 

それとも、法律のみをインプットしたAIに任せる?

 

まあ、兎に角、ふつうに働いても、労働力の再生が不可能な時代、 裁判も、そして、世の中も、病んでいるのかもね? 

 

ホント、大変な時代です。

 

オジサンは、なんとか、逃げ切れそうですが、私より若い世代は逃げきれないかもね?

 

本日は、かなり、かなり、アルコールの力で綴っています。

 

はい、それでは、これで、本日の認知機能低下防止対策を終わります。

 

それでは、また。

 

 

真冬の寒さに耐えて、我が家では、小さなトマトが実っています。まあ、成長しても、可愛いミニトマト。

 

それで、そもそも、このトマトですが、去年の12月の中旬ごろに、終わりを迎え、萎れたピーマンの亡骸を抜き取り、切り刻んで、処分している時に、傍らの雑草の中で発見したのでした。

 

※去年は、庭の一画の菜園に、トマト、ピーマン、ナス、キュウリ、サヤインゲンの苗を各2本ずつ植えました。猛暑の為にピーマン以外は、ほぼほぼ不作。

 

その時は驚きました! もしや? この葉っぱの形状から、もしや? これはトマト? と思い近づいて確認すると、間違いなく、20センチほどに成長したトマトでした。

 

これは、これは、と思い、発酵鶏糞をたっぷり入れ、鉢植えにし室内に入れたのです。時々水おやり、眺め、花は咲くのか、実はなるのか、期待と不安の日々。

 

そうこうしているうちに、背丈は伸び、花が咲き、実をつけてくれました。現在、70センチほどに成長しました。

 

 

今年、ピーマンは12月の初旬ごろまで収穫できました。猛暑の夏は成長が遅く、収穫も少なく、10月から11月になって最盛期を迎え、ぐんぐん成長し実を付け始めたのです。

 

それで、トマトの方ですが、夏のさなか、猛暑にやられて、実をつけて完熟するまでに、変色したり、変形したりしり不作でした。途中でもぎ取り、畑の上に放り投げていました。

 

そんな捨てられたトマトから、発芽し成長し、花を咲かせ、実をつけたのです。なかなか、根性のあるトマトです。

 

現在、房は3段、3段目は蕾みがやっとこ出てきて、この程度に、

 

2段目はこの程度に、

 

一段目は、この程度に、成長しています。花は一段に6~7個ありましたが、真冬のトマトです、負担を軽減するため各段3個に摘果しました。

 

このまま順調に成長し、真っ赤に熟し、美味しくいただける日を夢見て、毎日、毎日、毎日、早く成長することを願いつつ、眺める日々を送る、今日この頃なのです。

 

頑張れ! 真冬のトマト!

 

はい、本日は、とても、とても、爺くさいお話、これにてお終い。

 

それにしても、義ノ富士、二横綱を完璧に破り絶好調です。年内には "大関" 間違いなし!! 応援しています。

 

それでは、また。

 

 

今週の2日、千葉を、東京を越え、多摩川を渡り、神奈川県は川崎市に行って来ました。川崎と云っても、初詣での人気スポット、川崎大師に行った訳ではありません。

 

そう云えば、先日、"ブラタモリ" で "御大師様" の回を録画で観ました。2回目は未だ見ていません。放送日を確認しようと録画一覧を確認したら、何故か、川崎大師の1回目も、未視聴の2回目も消去されていました。2回目の消去は、何故か? 記憶から 消去されていました。

 

それで、出かけた理由は、親戚の新年会的なもので、親戚と云っても、姉夫婦(2)と、姉の長女夫婦(2)と、その子供(小学4年)の双子ちゃん(2)、そして、長男夫婦(2)と、その子供0歳と5歳(2)。そして、私を加えて、参加者合計は11名。

 

それで、新年会的なものは、これまで、おふくろが居たので、我が家(茨城県つくば市)で行っていたのですが、おふくろも亡くなり、そろそろ、順番に持ち回りで、との私の提案で、甥の家でとなったのでした。

 

順番持ち回りを提案したのは、実は、実は、最近と云うか、この一年と云うか、私が外出するのは、週二回程度、スーパーに買い物に行くだけ、と、なっていたので、これは、かなり、かなり、不味いのでは、と思い。外出する口実作りの提案でした。

 

まあ、姉も、息子も、川崎市は新丸子駅(東急)で、ご近所で、娘は平塚市で、我が家(茨城県つくば市)に集まるより、とても、とても、便利なので提案は快く受け入れられたのでした。

 

それで、当日は、常磐線の竜ケ崎市駅(旧佐貫駅)まで車で行き、コイン駐車場に駐車。4~50台程度入る駐車場ですが2台の空きしかありませんでした。当日料金は400円でした。

 

空きが2台しかなかった事、料金が500円から400円に下がっていた事、予想外でした。つらつら思うに、奇しくも、以前、コイン駐車場に入れたのは、13年前に武蔵小杉に行った時でした。

 

それで、竜ケ崎市駅を9時16分に出発し、品川駅で降り、横須賀線に乗り換え、2駅目の武蔵小杉駅到着は10時半。

※最近の常磐線は品川駅まで乗り入れているので便利です。

 

それで、武蔵小杉駅ですが、南武線と横須賀線の2路線が乗り入れているのですが、南武線と横須賀線とは、かなり、かなり、かなり、離れているのです。13年前は武蔵小杉駅で降り、綱島街道を横浜方面に歩きました。ホームを降りて十数メートルで改札と記憶していました。

 

それで、今回、乗車していたのが先頭車両で、ホームに降りて北(後方、東京方面)を目指して歩き出したのです。ホームは、かなり、かなり、長く、かなり歩き、そのあとは、階段を、エスカレーターを、降りたり、登ったり、それでも、ほぼ直線で、右に左に曲がることなく、綱島街道口から出たのです。

 

ホームも、通路も、エスカレーターも、階段も、改札も、前回の記憶とは、まったくもって異なる印象でした。

 

綱島街道口は、はじっこ感漂う、ガード下の寂しい出入口でした。前回の武蔵小杉駅の記憶とは、かんり、かなり、異なる印象に、少し戸惑いつつ、周囲を見回しつつ、事前に記憶していた地図情報を思い返しつつ、甥のマンションを目指して、新丸子駅方面に向かったのです。

 

※写真は13年前に、横浜方向から武蔵小杉駅方向に、ふり返って撮ったものです。

 

それで、甥のマンションを目指して、事前に記憶していた地図を思い返しつつ、歩を進めたのです。

 

駅周囲も、新丸子駅方面に向かう途中でも、鉛筆と云うか、風呂屋の煙突と云うか、上記の写真よりも、もっと、もっと細長い、タワマンが、群れをなして林立しているのでした。それでもまだ、建設中のタワマンを数棟見かけました。

 

人口減少中の、この日本で、誰が入居するの? と思いつつ、タワークレーンを、要らぬ心配などしつつ、眺めつつ、暑くなったので、ダウンジャケットのファスナーを下ろしつつ、地方の過疎化に、人口の都市集中化に、思いを馳せつつ・・・。

 

すれ違う、人、車、ヒト、クルマ、他人、密集する建物、林立するタワマン、これは、もう、私が生きている世界とは、絶対に違う! ここは異なる惑星! パラレルワールド、平行世界!だと思いつつ、警戒しつつ、方向を確かめつつ、甥のマンションを目指したのです。 

 

事前の予想(15分)とは異なり、30分ほどで多摩川土手に到着。土手に上り周囲を見渡し、Googleマップとストリートビューの記憶と勘を頼りに、土手を下流に向かって歩を進めたのです。

 

暫く歩くと前方に丸子橋が見えて来たのです。これは、ちょっと間違えたかも? ここで、まごまご、ウロチョロしていると、時間に遅れ、みんなに心配をかけるので、姉に電話を入れて確認。結果、最初に土手に出た場所で、下流方向に行ったの間違いでした。上流に向かってUターン。

 

予定より15分遅れでマンションに到着。部屋は7階建て6階、玄関を入った先のリビングから、広い空、白い雲、青い空、多摩川土手、広々とした河川敷、はるか遠くに見える、緑に囲まれたしゃれた住宅地、とても、とても、とても、最高の眺め! 

 

そんな眺めの中、飲んだり、食べたり、そして、可愛い、可愛い、7月に誕生した "こなつちゃん" を抱っこしたり、ハイハイする姿を眺めたり、ニコニコ笑顔を振りまく姿に、微笑んだりして、楽しい時間を過ごしました。

 

3時近くになり、甥の家を後にしました。5時には暗くなるし、この日は6時ごろより雪が降るとの予報ので、その前には帰宅したいと思い、この時間となったのです。まあ、結果として、5時を少し回り、ヘッドライトを点灯しての帰宅となりました。

 

それで、帰りの経路なのです。JRの武蔵小杉駅よりも、東急の新丸子の方が、マンションから近い(半分程度)ので、帰路は新丸子と決めて、駅に向かったのですが、新丸子駅の券売機前で、路線図を眺め、やっぱり乗り換えが多く、面倒なので、武蔵小杉駅に向かいました。

 

新丸子駅から武蔵小杉駅までは、東急線の高架に沿って歩いたので、来た時よりも、ずっと、ずっと、近くて、早くて、甥のマンションから新丸子駅までの距離より近く感じました。

 

そして、そして、武蔵小杉駅に到着。ちょっとした駅前ロータリー、右手に東急の武蔵小杉駅、左手に、JR武蔵小杉駅の改札。13年前に出た改札口でもなく、来た時の改札口でもない、よく分からない改札口の券売機で1170円を投入して構内に入りました。

 

そして、そして、ここが、魔界の迷宮の入り口でした。

 

改札を抜けて、階段を上り、通路を歩き、エスカレータを、階段を、動く歩道を、登ったり、降りたり、右に曲がったり、左に曲がったり、緩やかな勾配のある通路を、下ったり、上ったり、東京方面に歩いているように思えたり、横浜方面に歩いているように思えたり、方向感覚も、位置感覚も、完全に失ったのです。

 

それでも、兎に角、横須賀線ホームを目指したのですが、とても、とても、不安を抱きつつの、武蔵小杉駅構内移動。それでも、何とか、横須賀線上りホームに辿り着きました。

 

甥のマンションから新丸子駅までの距離より、武蔵小杉駅の改札から横須賀線ホームまでの距離の方が、ずっと、ずっと、遠く感じました。

 

まあ、兎に角、それでも、品川駅に辿り着き、常磐快速に乗り換え、竜ケ崎駅に5時ちょっと過ぎに辿り着きました。行きも帰りも、竜ケ崎・品川間は座れることができました。

 

13年ぶりに電車に乗り、茨城県から、千葉県、東京都を通過して、神奈川県まで、暫くぶりの外出は、それなりに認知機能が刺激されました。

 

暖かくなったら、いや、少しぐらい寒くても、どこか知らない町を歩きたい、何て、気持ちになってきました。

 

と、云う、事で、今年初めての更新を終わります。

 

ァッ! 忘れていました。そうでした、今日で何とか76歳に辿り着きました。

 

それでは、また。

 

 

しばらくぶりの更新です。

 

もう、今週の後半は、お正月です。

 

お正月が待ち遠しかったあの頃は、遠い遠い、遥か彼方へと、消え去りし今日この頃。

 

愚痴はこれぐらいにして、認知機能低下に抗う作業を始めます。

 

ここで、年末にあたり、今年の締めくくり、そして、新年へ向けて、話はでっかく、大風呂敷を広げます。

 

それで、NHK朝ドラの「ばけばけ」の主題歌の「笑ったり転んだり」なのです。

 

頭から、

     ♬「日に日に世界が悪くなる」 

        ♬「気のせいか」  

        ♬「そうじゃない」

 

朝っぱらからスゴイ歌詞なのです。そして、

 

     ♬「今夜も散歩しましょうか」

 

で、終わるのです。刹那的、退廃的、 "令和枯れすすき" 的な曲調だと思ったり。

 

夜の散歩ですか、市街地では、それなりに、なかなか趣がありそうです、が、しかし、我が家の周囲は、田圃に、畑に、雑木林に、沼べりで、夜間は真っ暗で、趣はありません。

 

それにしても、このドラマは、大政奉還で、開国で、明治維新?(政治体制的には王政の復古)で、時代の転換を背景としています。

 

ドラマと主題歌の関係は如何に? です。NHKは、報道部門は政権に忖度し、ドラマ部門は、それなりに、政権の意向を受けにくく、忖度の圧力は少なく、それなりの自由がある?  ように見受けられます。

 

でも、しかし、これが「日に日に世界が悪くなる」であって、"世界"と云う言葉で、対象・主張は抽象的となり、遠い世界となり、現実との関りは希薄となり、政治的意味は希薄となります。

 

もし、"世界"ではなく、"世の中" と云う歌詞ならば、NHK朝ドラの主題歌としては採用されなかった? と、思ったりして。

 

話が逸れました。

 

それで、日に日に、世界が、世の中が、悪くなっているのです。気のせいではありません。我が国においても、世界においても、喫緊の課題である、『格差と貧困・対立と分断』について、論じて見たい、と、思う次第。

 

世界をぐる~り、と見渡せば、グローバルサウスでも、ノースでも、部族・民族・国家・宗教・思想・貧富の対立が、分断が、矛盾が、激化しています。

 

世界は、新たなるステージへを迎える、その前夜の様相を呈しています。

 

新しいステージに移行するには、これまで、古今東西、古いモノを破壊する過程を通過してきました。破壊は、実力行使による破壊が一番手っ取り早いのです。そうです、戦争です。

 

物騒な話ですが、現実に、いま世界は軍拡の時代です。欧州の国々でも、わが国でも、軍事予算の倍増が、防衛と云う名のもとに実施されています。

 

なんだ、かんだ、論理を尽くし、言葉の応酬をしても、最終的に、実力で相手を屈服させた方が正義なのです。正義を貫くには、実力行使、武力が必要となります。

 

それで、また、話は飛びますが、12/21、"NHKスペシャル"で「新ジャポニズム 第7集 時代劇 世界を魅了するタイムトラベル」が放送されました。

 

そのなかで、監督とか、役者とか、プロデューサーとか、配給会社とかの方々が、日本の時代劇の復権・復活を、それなりの理屈を、それなりの言葉で述べていました。

 

「座頭市」とか、「用心棒」とか、「椿三十郎」とか、実力行使で相手を切り殺す場面が映し出され、いまは失われた、勇気を、誇りを 誠実を、忠誠を、命よりも上位に置くことが美徳とされている、そんな時代劇の復活・復権を、なんてことが語られていました。

 

正義の為に、武力行使も、命を捧げることも、美しい行為と称賛される、そんな時代の幕開けですか? 国家の為に命を捧げる、忠君・愛国の復活・復権ですか?

 

そして、高市政権は、はじめて、明確に、中国を敵として認識する事を、国会の場で表明しました。

 

中国の反発に対して、高市政権は "これまでの政府見解と変化は無い" と、繰り返しています。しかし、誰が見ても、考えても、変化しているのです。

 

そんな変化に対して、国民は喝采を送っているのです。高市政権の支持率は爆上げです。第二次大戦時の"鬼畜米英"に熱狂した時代が、 "鬼畜中国"  として、再現されつつある今日この頃。

 

私は "中国の政府は"嫌いです。でも、しかし、そこは、それなりに、大人として、喧嘩せず、そこそこ、それなりにお付き合いをしていくべき、と、考えます。

 

それにしても、中国政府の報道官、女性も、男性も、とても、とても、感じ悪いです。習近平政権の中盤ごろより取り始めた、いわゆる強硬姿勢の "戦狼外交" を忠実に体現しているのです。

 

中国の強硬姿勢は、大国意識と云うよりも、最近は、経済の停滞、急速な高齢化、人口減少、そして、そして、グローバルサウスとノースの対立を国内に抱えている特殊性・・・等々、不の要因に起因していることが、とても、とても、危険な気がします。

 

まあ、兎に角、そんな中国でも、それなりに、巧く付き合っていかなければ、なりません。日本が米国の従属から解放されるには、中国と、それなりの関係構築が必要と考えます。

 

それにしても、『格差と貧困』は、敵を求めて『対立と分断』へ、敵を激しく" 口撃す " ることで、一時の快感を覚え、そして、より強力な快感を求め、武力による" 攻撃 "へと、拡大し、戦争へと突き進めば、世界はゲームセット。

 

かなり、かなり、悲観的なようで、しかし、それなりに現実的な今日この頃。

 

私も、心の隅に、鎮痛剤的な、ワンフレーズ的な、右のポピュリズム(トランプ的・高石的)に、対抗して鎮痛剤的な左のポピュリズムの台頭を望んだりして・・・。

 

世界は、自国防衛の名のもとに、軍拡の時代・核武装の時代で、徴兵制も復活しつつあり、日本も、"非核三原則" の撤廃が、具体的な政治日程に上がりました。核武装も徴兵制も、もう、目前。

 

世論は"存立危機事態" の、その先へ、核武装も、徴兵制も、9条変更も、そして、その先の、"中国との戦争"も、それなりに、自国防衛として、やもなし的、そんな今日この頃。

 

 

先日、テレビで、ニュースを見ていたら、若い女性?が『いま、平和とか、戦争反対とか、表立って発言するのが怖い』との声、顔には"モザイク" がかけられていました。

 

こう言う放送が、より、その状況を加速し、また、この記事を書くことで、より、加速する、とても、懸念な???・・・今日この頃。

 

戦争で、すべての矛盾を解決するのは、我々の時代で終わらせましょう。

 

はい、これで、本日の認知機能低下対策を終わります。

 

本年最後の更新なので、ここまで読んで頂いた皆さんに一言ご挨拶。

 

みなさん! よいお年を!

 

それでは、また。

 

 

いつものように、夜中と云うか、早朝と云うか、ほぼ1時半~3時半に一時眼を覚まし、トイレに行って、水を一口飲んで、白内障の目薬を一滴眼に注入し、寝床に入り、文庫本のページをめくる日々を過ごしております。

 

このところは、本箱の隅から引っぱり出して「村上春樹」の本を手にしております。しか~し、村上春樹と云っても、小難しい小説とは、まったくもって異なるのです。

 

そも、そも、私にとっての村上春樹は、日常的、雑事的、雑文的、頭を使わない、お気楽で、お手軽な、読み物作家なのでした。

 

しばらくは、彼が暗喩を散りばめた小難しい小説(また聞き)を書くお方で、ノーベル文学賞候補などと云う、とてつもなく、ど偉らく、世界的に著名な作家になるとは、まったくもって、世の中、わからないものです。

 

それで、いま、手にしているのが『週刊朝日』1985年4月5日号~1986年4月4日号の連載(いちタイトル4~5ページ )を、1989年10月25日に新潮社から『村上朝日堂の逆襲』として発行された文庫本です。

 

因みに、先ほど調べて見たら村上春樹は1949年1月12日生まれで現在76歳。私と同年代でした。それがどうした? と云われて、困りますが・・・。

 

それで、1985年~1986年は、いまから40年ほど昔となります。私も、春樹も、34~35才のころです。当時、たぶん、リアルタイムで購入したものと思います。

 

それで、そのなかの「政治の季節」と云うタイトルに、おや? どういうこと? と、彼が、政治を語るの? と、ビックリこいたのです。

 

その一文で、

『僕は生まれてこのかた選挙の投票というものを一度もしたことがない。・・・政治的関心や意見がないわけではないのだが、それでも投票しない』


『しかし、僕がこのまま選挙の投票をすることなく一生を終えてしまうかというと、そんなことはまずないと思う・・・今世紀中には必ずもう一度重大な季節が巡ってくる気がするからである。そのとき我々は否が応でも自らの立場を決定することを迫られることだろう。・・・そうなれば僕だって、投票用紙を手にして投票所に向かう事になるかもしれない』

 

『経済的繁栄の底が浅いことや社会のはしゃぎぶり、そして、世界の富の偏在状況を見ていると、1920年代のアメリカと我々の時代とのあいだにはぞっとするくらいの数多くの共通点を見出すことができる』

 

『我々はそろそろそのようなクラッシュ=価値崩壊に備えて自らの洗いなおしにかかるべき時期に至っているかもしれない』

 

と、まあ、書き記しているのでした。購入した当時の記憶はまったくもって消え去っているので、今回、読み直して、直接的・具体的、政治表現に言及していたのには、それなりに驚きでした。

 

う~ん、へぇ~、と思いつつ、まあ、20世紀(1985年~1986年)に書かれた一文ですので、"大恐慌に匹敵するクラッシュ" は、21世紀の現在まで、起きていませんので、予想は的中しませんでした。

 

そこで、いまの「村上春樹の現在」が気になるのでした。調べて見たら、そも、そも、世界的に著名な作家となったのは、1987年発表の『ノルウェーの森』から、2005年の『海辺のカフカ』が契機だったようでした。

 

2006年にチェコの「フランツ・カフカ賞」の受賞が、ノーベル文学賞候補として騒がれるきっかけ、となったのようです。その前年と前々年の受賞者が、その年のノーベル文学賞を獲得したことから、もしや、村上も! ノーベル文学賞の受賞! と騒がれたようです。

 

あれから、ほぼ20年の時が流れ、今では受賞騒ぎも消えたようです。まあ、沈静化したあとで、世間の眼が離れた後で、あっと驚く! 受賞があるのかも?

 

私にとっての村上春樹は、1989年の当時の村上春樹で、その後の事は、ノーベル賞騒ぎを横目でチラリと見る程度でした。

 

今の村上春樹でもうひとつ、下世話な事ですが、彼の年収は20末億円ほどと、その筋では囁かれているようです。世界中で彼の著作は出版されていますので、その印税収入が主で、国内も、それなりですが、海外の方での人気が高く、印税もそのようです。

 

1980年代、『富の偏在状況』を憂い、『価値崩壊』を予測した彼は、当時より悪化した現在の世界的状況を、どう見ているのか? 

 

もしかして、私が知らないだけで、直接的・具体的、政治発言を発しているのか? 

 

人間、どんなに、清く、正しく、美しく、賢く、誠実で、清廉潔白であっても、金の心配が皆無の生活を送っていると、世の中の見え方が、気付かずうちに変化してくる、と、思うのです。

 

そして、そして、誰しも、大脳資質の老化は避けがたいのです。と、云う、ことで、若い方に期待したい、今日この頃なのです。

 

それでは、これで、本日の認知機能低下対策を終ろうと思います。

 

それでは、また。

 

えっ!? いま、大の里休場のニュースが流れました。安青錦が負けたら、豊昇龍が不戦勝で優勝の珍事! どうなっているの?