私(母)


カルーゼル橋を息子と渡る。

向こうからグレーの着物を来た

母が歩いてくる。

冬の空

コンクリのカルーゼル橋

母の着物

目に映るもの、全部グレー色。


セーヌ川の風は冷たい。

だから

母はよくボルドー色のショールを

肩から掛けてたなぁ。

片手に、オルセー美術館の売店で

買ってきた画集を毎度持ってた。

1度、歩いている母が

2冊の画集を持ってるのが見えて

荷物持ちを買って出てくれている

息子が「おばあちゃん

本2冊も買ったの〜。

重いから1冊にしてよ〜。」

と笑いながら文句を言ってたな。


「私はオルセーの方が好き」

と母は言う。

息子と私は

ルーブル美術館へ行きたい。

母と私達は

カルーゼル橋の近くで別れて

ルーブルへ、オルセーへ

それぞれ向かう。


観終わって

ルーブル美術館を出て

ルーブル美術館と

オルセー美術館の真ん中に架かる

カルーゼル橋へ向かい

息子と歩き出す。

カルーゼル橋の真ん中で、オルセー美術館から来る母と待ち合わせ。

石の建物、コンクリの橋

グレーばかりの景色の中で

グレーの着物の母を見つけるのは

簡単だった。

すれ違う人々が母の着物を

眺めて振り返ったりしてた。

着物のグレーは

他の数々のグレーなものの中で

浮き出て見えた。

母を見つけた息子は

「おばあちゃん、また本持ってる。」といつも笑ってた。


橋の眺めに興味がある私が

「パリのセーヌ川に架かる

全部の橋を渡りたい」と言い出したのが最初。


それからパリでは

美術館へ行く日は

パリセーヌ川に架かる全ての

橋を眺めたり、歩いて渡るのが

その日のコースになった。


石で作られたポン・ヌフ橋には

人の顔の彫刻が

あちらこちらにある。

「顔の橋」と息子は呼んでる。

「1番かっこいい顔の彫刻を

探すんだ」と息子。

ひとつづつの顔の彫刻を

眺めて歩く。

だからポン・ヌフ橋を渡る時が

1番ゆっくりになる。

その日、その時、ポン・ヌフ橋を

歩く人々はほんとに

母の着物を必ず目に留めている。




母はひとりで、昨年11月

東京上野へ

「オルセー美術館所蔵 印象派―室内をめぐる物語」を

観に行った。


「どうだった?」と尋ねる私に

母は

「着物で行ったんだけど、

歩きにくくて…怖いくらいだった。

特にエスカレーター!

足幅が開かなくて。

以前はそんなことなんて

感じなくて平気だったのに。

もう着物は怖いわ。」

母は、

オルセーの感想ではなくて

着物とエスカレーターの怖さを

言い続けていた。


冬になると着物姿の母を

見ることが常だったけど、

この冬は1度も私は見ていない。


冬の着物姿の母が当たり前に

気にもせずあったけれど

それがなくなると

なにか欠けた冬にも思える。

冬の着物姿の母を

もう目の端にとめることは

ないのだろうか。

やがて母の姿そのものも

なくなる時もあるんだろう。


私も歳を重ねてる。