私(母)


そうとは知らずに

作家の「書く」「読む」姿勢について書かれているエッセイを読んでいます。


『風穴をあける』谷川俊太郎著。


「読む 書く」の章が

もうすぐ読み終わります。

とってもおもしろい。

ちなみに次は

「人」の章になります。


『ほそい

 がらすが

 ぴいん と

 われました


「細いガラスがぴいんと割れました」

と表記すれば、この4行はたちまち

散文の中に埋もれかねない。

この4行を辛うじて詩にしているもの、それは作者の意思ではないかと私は思った。』

と谷川俊太郎は書いています。


なるほど。

私は、この4行の書き方を読んで

きれいな華奢なガラスに

割れた糸のような線と

それを眺める

途方に暮れた人のシルエットが

脳裏に浮かびました。


『「愛」という言葉。

そのような概念が輸入された時

(たしかポルトガル語から)

ある宣教師によって

「お大切」と訳されたと

聞いています。』

と書いてあります。


これを読んで

あぁと声が漏れました。

身体の奥がじわっときて

私の内で

「愛」と「お大切」が

ピタリと重なり合い

感動しました。


「愛」より「お大切」の方が

しっくりと身体と気持ちに

入り込んてくる感じです。


息子を愛していると思います、と

「思います」を付けたくなってしまいますが

息子がお大切です、なら

言い切れます。


この本とは関係のない話ですが、

外国語と言えば

「I Love You」を

「月がきれいですね」と

訳したという英語教師だった頃の

夏目漱石の伝説。

これは訳したというよりも

「詩」だなぁと思って

上手いー!と

楽しくなるお話です。


私も詩を音読するように

誰かにいつか

I Love You

月がきれいですね

と静かに伝えてみたい。

どちらの言葉を先に声にすれば

より伝わるんだろう?

それより

そんな日、あるのかな。

ないだろうなぁ。


戦争中はどうかわからないけれど、今は、字は学校で習えて

日本の識字率は高いのでしょう。


「書く」ってこと、

誰だって字を書けるから

入り口は広い。

そして奥が深い。


「読む」も奥が深い。


例えば

その食べ物にまつわる説明や

温かさとか、

一緒に食べる人の表情など

丁寧に綴られています。

私はそれを読んでるうちに

美味しそうで、

よだれを垂らします。

「美味しい」なんて書いてないけれど、「美味しい」の言葉が浮かんできます。

書かれていない「美味しい」を

身体と気持ちで

読むのだと思います

「目」だけでは、読みきれない。


さて、

「読む 書く」の章を

読み終わりました。

「人」の章に入ります。

「人」の章の1項目は


『荒木経惟

「青い空に白い雲が浮かんでいる」』

です。


実は、本を開いた時に

目次を読んで

こちらを1番先に読みたくなりました。我慢したんです。

ちゃんと順番に読んでみようと思って。

でも、あとがきから読む楽しさも否めないです。


今夜はもう寝ないと。

明日から読める「人」の章を楽しみに。


こうして本を読むことが楽しいと思えるような穏やかな現実と現状に感謝します。