By Sachinosuke
しばらく「日本語と英語」シリーズで書いてみようと思います。
東アジアにおける英語学習に似ていると思うもの、それは「ダイエット」。
類似点としては、
(1)「英語が話せたら・痩せて美しくなったら、何かよいことが待ち受けている」というイメージが先行しすぎ
(2)その方法論については定説がないため、「ラクラク」「たったの~か月で」など、消費者の購買意欲をそそるセールストークが蔓延
(3)実際に「簡単に、すぐ」英語が上達した・痩せた人にまずお目にかからない。(まれにすぐ痩せた場合、その状態を健康なまま維持するのはとても難しい)
(4)漠然とした「今より素敵な未来」のイメージ以外に具体的な目的を持たずに始める人が多い
(5)挫折する人が多い
よくも悪しくも、英語は世界の共通語 (lingua franca)。話せなくても、読んで意味が分かるだけでも便利。ましてや話せたり、英語の歌詞や映画のセリフがわかったら楽しい。だから、東アジアにおける英会話の人気はよーくわかる。それと比較して、アメリカの「ごく平均的な人々」(雑な言い方ですみません)の外国語学習に対する情熱は、私見では東アジアの英語熱の10000分の1ぐらいかな?別の言い方をすれば、痩せて美しくなりたいと願ってるアメリカ人は「英語以外の外国語が話せるようになりたい」と願っているアメリカ人の10000倍いるということ。
アメリカに住んで21年、一目でそれとわかる「XX語会話教室」のようなものは見たことがない。外国語の映画を上映しているのもほぼ見たことがない。ディズニーが所有権を持っている宮崎アニメのDVDは、「日本語+英語字幕」というオプションがない。高校や大学の外国語プログラムは縮小の一途。「話せると羨望の目で見られる」カテゴリーに入る、つまり文化資本の表象としての外国語はフランス語ぐらい。学習者人口が一番多いのはスペイン語だけど、その動機はスペインという国に対する憧れというよりは、中南米からの移民とその子孫が多いからという、単に実用性の問題(もちろん、それが悪いという意味ではない)。そして、現在アメリカの大学で日本語の授業をとってくれている(ありがたや~)学生は過半数が中国からの留学生か、中国系のアメリカ人。
さてさて、こんなにも「外国語としての価値」の格差がある英語と日本語。当然、英語話者が日本語を勉強することと日本語話者が英語を勉強することの間にも、色々と大きな差があります。例えば、期待度。日本では、見た目が東洋人じゃない人は、日本語を流暢に話すことを期待されていないので、少々話せるだけで褒められるという現象がある。初級者にとっては励みになる環境かもしれないが、すでに高いコミュニケーション力を修得した人にはイライラの原因ですので(イチローに向かって「キャッチボール、上手ですね」と言っているようなもの)、相手を見て褒めましょう。
逆に、アメリカ人は外国人に向かって「英語が上手ですね」とは滅多に言わない。そういう褒め言葉が失礼になりかねない、という理由と、「英語は世界共通語だからみんな話せて当然!」と思っている人が多いからだと思う。そして、完璧じゃない英語に対する嫌悪をあらわにする人がとても多い。公共の場で、英語以外の言語が聞こえる際に嫌悪をあらわにする人も少なくない。ちょっと前にフェイスブックに投稿されて話題になったビデオにもこんなのがあった。大学生二人がスタバで韓国語で話していると、近くに座っていた白人のおばさんがいきなり「私の分からない言葉で話さないで!不愉快よ!この国では英語を話しなさい!」と怒鳴りはじめて、最後にはバリスタが警察を呼んでそのおばさんを連れて行くまでに。(つづく)
If you are a native speaker of English, the world revolves around you (as I am writing this in your language, too). In this regard, you already hit the jackpot. Congrats! However, if you happen to be one of the many monolinguial English speakers, you may be missing out, as well. Not only does learning a foreign language expand your worldview, but you may also become empathetic to those who do not speak perfect English. Although I have lived in the US for 21 years, my English is not perfect and it's a source of anxiety for me. People who show overt contempt to speakers of imperfect English tend to be monolinguial anglophones. If only are people more forgiving to nonnative English, we would fill less nervous about speaking our minds.
