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 おとといから続いたこの嵐も今日の午後には小康状態となった。

宮崎では床上浸水やがけ崩れなど被害が出て亡くなった方もいるらしい。

うちの実家の両親も、近くの大淀川が警戒水位を超えて夕べ午前2時頃に避難勧告が出され

公民館に避難したとの事だった。

「40年来この地区に住んでいるがこんな事は始めて」と電話で興奮しながら語るおふくろ。

避難勧告が出されご飯を炊きおにぎりをこしらえて身の回りの支度をして家を出たと言っていたが

避難所ではテレビで放映されるみたいに弁当やパンなどの食料は支給されなかったらしい。
(短期間の避難では出ないようだ)

コンビニではおにぎりや弁当類は風が強くなってきたころから既に売り切れ

避難所に置いてある自販機もすぐに売り切れてしまい

小さい子供を連れて何も持たずに避難してきた家族は大変だったみたいだ。

 避難する時は、貴重品もそうだがラジオの他に

せめておにぎりと飲み物は用意しておいた方がよさそうだ。

 避難していた両親たちも先程(午後17時)に家に帰って来た。

およそ15時間も避難所に居たわけだが

食べ物や飲み物が無い家族はどうしたんだろう…

たぶん近所の人達で分けてあげたと思うが、

すべて行政に頼らず、自分の中でも災害に対する危機管理について考えておかねばならない。

 
 と、ここまで書いたところで何か忘れている…

そうそう、あの海岸端に『基地』を作って住んでいるおじさん。(9月4日ブログ参照)

外は雨も風もやんでいたのでコンビニに行きがてら様子を見に行く。

 もう画像が先に出てしまっているのでオチはバレバレだが
 
「あ~あ…やっぱり…」

台風との戦いに敗れ、無残にも『折りたたみ基地』状態と化してすごくコンパクトになっているではないか!!(写りは悪いが写真2枚目参照)

本人の姿は相変わらず見えない。

『基地』を放棄してどこかに避難したのだろう…

 海や飛行機の写真を撮りにここへ来る度、おじさん焚き火をしながら

周りにいい匂いを振りまきながらご飯を作っていたっけ…


また今日から【流浪の民】に戻る事だろうが

見るからにして『基地』の修復には30分とかからないだろう。

 またおじさんの元気な姿を期待しつつ嵐が過ぎ去った後のチョコレート色の波打ち際でたたずむ夏の終りであった。