お疲れ様です。
3年の高橋遼成です。
先月、納会で正式に主将が終わり次期幹部のみんなが決まりました。ようやく長い幹部代が終了したので、今日は振り返っていきます。よくよく考えると1年のときの副将の振り返りもしてないので、そこから始めていこうと思います。
まず始まりは1年の夏でした。たっしーさんに集められて、たっしーさんの代が1人しかいないから幹部を手伝って欲しいと言われ、幹部がどれだけ大変かをあまり考えずに副将になりました。
当時は部員が幹部か幹部を引退された先輩しかいかなったので、副将という仕事はこれといった仕事があるわけではなく、強いて言えば年に数回あるOBOGの方々との連絡のみでしたので、チームオーダーだったり、SNSなどさまざまな係を掛け持ちしました。
1年の前期は新入生ということで、気楽に部活にきて練習に参加できていましたが、いきなり幹部の役職に就き、色々な責任を負わなければならない立場になったことで部活以外の時間で水泳部について考える時間が増えていきました。
また後期に入ってから自分とじえい、たっしーさんの3人しかいない練習が徐々に増えてきて、春休みに入る頃にはほぼ3人、誰かが体調を崩せば2人、最悪のときは1人で練習することもあり、ただでさえ5時過ぎの始発に乗って練習に行っているのに、何も面白みのない部活になりました。
他にもバイトや毎日必修5限という水泳部と圧倒的に相性の悪い時間割などさまざまな要素できつい思いをしているのに部活を何故続けているのか、続けてる意味がなくないかと思うことが多くなっていました。
それでも辞めなかったのは自分のせいで部活を潰したくなかったからという、なんとも自分らしいというか、おもしろみのない理由でした。
当時は1〜3年生で5人で、学生支援課から言われていた部活として活動する最低要件は5人以上所属することだったので、もしかしたら潰れなくても、自分が辞めれば部活がなくなる可能性があると思うと辞めてやろうと思うことはありませんでした。
どうせやるならやり切って、全国公を割りたいと思ってしっかり練習に取り組んでいたのは、当たり前かもしれないし、まだまだと思う人はいるかもしれないけど今振り返ってみれば、よく気持ちを切り替えて頑張っていたなと思います。
ただ後期が始まって少したった頃に小学生の低学年の頃ぶりに喘息が悪化しました。せっかく練習に行っても自分の中でセーブしながら練習するようになっていき、もどかしい日々が続いていました。
3月にあった追いコンの際に晴太さんからきつかったら辞めてもいいんだよみたいなことを言われたのを覚えています。確か自分はその時になんとか耐えてます、と答えたたら、それって、、みたいな感じになりましたが、その頃はもう来月には新入生が来るかもしれないという希望があったので、たいして気持ちは揺らぎませんでした。あれが12月頃に言われてたら、それを理由にして辞めてたかもしれないです笑
新歓は自分たちに経験がないのもあり、たっしーさんがめちゃくちゃ頑張ってくれたので、自分もそれについていこうと思って、動画制作やビラ制作など春休みは結構な時間を新歓に割きました。他のサークルや部活が4,5人で立て看板を準備する中、1人でせこせこ準備したりする日もありました。新歓を頑張って新入生が入ってくれれば嬉しいしそれが一番良いけど、人数少なすぎて入ってこなければ、やることはやったしその時は俺らの代で終わりかーみたいな話を冗談まじにりにたっしーさんと話していたので結構頑張ったと思います。新歓を頑張った成果もあり?4人も新入生が入ってきてくれて、練習でプールのレーンが埋まる日も出てきました。練習に来る人数か倍になり、後輩ができたということもあり、モチベはだいぶ上がりました。
しかし、悪化した喘息が悪さしたり、バイトと体が合わなすぎたりしたのもあり、2年の前期は2週間おきくらいで発熱するという体調不良が長く続きました。仕方ないから筋トレしまくろうとおもったら手首を痛めたりと、頑張ろうと思うタイミングで体調に悩まされ、消化不良で副将の期間は終わりました。
副将をやったのもあり、予定調和みたいな感じもありましたが、2年の夏にたっしーさんから主将を引き継ぎました。もともとは副将は仕事内容だけ自分が持ったままで名前だけじえいに渡し、会計と主務をじえいに任せる予定でしたが、えいすけが主務をやりたいと言ってくれたので、えいすけが主務になり、あきらと竜士が補佐という形で自分の代がスタートしました。また、もともと実家からだと始発でも部活の集合時間に間に合わなかったので、2年の後期から一人暮らしを始めることにしました。ただ、一人暮らしを始めることを元々借りていたプールのコーチに伝えると、プールが潰れることを知らされました。せっかく一人暮らしを始めたのに練習できなくなるところでしたが、不幸中の幸いなことに、すぐ借りられるプールが見つかり、うまく話をまとめることができて、なんとか主将としてのスタートを大コケせずに済みました。
自分が主将になって気づいたのは、人に注意するのが苦手なことでした。遅刻、練習休み、期限守らないなど、そんな多くはないけど主将として注意しなければならない場面は何度かありました。ただ自分はそういう事に対して本心であまり何も思わなかったので、注意するのが大変でした。しかし、周りのことを考えると、そういった事を不快に思う人がいるから言うべきことは言わないといけないという仕事が1番しんどかったです。
冬場の練習は1年のときと比べて合宿以外なんだかんだ耐えてました。合宿は前日にインフルにかかってしまい色々な人に迷惑をかけました。
4月の新歓では2年連続誕生日をビラ配りに費やした成果?もあり、今までに比べてたくさん新入生が入ってきてくれました。人数が全てではないけど、人がいないと一人当たりの仕事量が多くなり、部活が負担に感じやすくなるから、たくさん入ってきてくれて安心しました。
新入生がたくさん入ってきてくれたことで、部員数もかなり増えて、ようやく普通の部活らしくなってきたように感じました。自分が1年生の頃には考えられなかったくらい練習に人がいるようになって、練習の雰囲気もかなり変わったと思います。ただ、人が増えたからといって主将としてやることがなくなるわけではなく、むしろ人が増えたことで考えなければならないことも増えていきました。練習についても、全員が同じように練習できるわけではないので、どのくらいの強度にするのか、誰に合わせるのか、試合前はどうするのかなど、今までなら自分たちだけで決めていたことを、部員全体のことを考えて決める必要が出てきました。正直、このあたりは今でも正解が分からないです。自分が選手として練習するだけなら、自分が速くなるためにどうするかを考えればいいですが、主将になると自分だけが納得する練習をすればいいわけではありません。速くなりたい人もいれば、楽しく泳ぎたい人もいるし、部活との距離感も人によって違います。その中で、全員が納得する形にするのはかなり難しかしいと思います。
特に出席についてはかなり悩みました。ルールが変わったのもありましたが、自分が1年生の頃は、そもそも人が少なすぎて、練習に行くか行かないかという話をする以前に、行かないと練習が成立しないような状況でした。そのため、自分の中では練習に行くことがかなり当たり前になっていました。一方で、人数が増えてくると、授業や、体調など、それぞれに事情がある中でどこまで部活を優先してもらうのかという問題が出てきます。自分としては、できるだけ練習や大会に来てほしいと思っていた一方で、全員に自分と同じようにしてほしいとも思っていませんでした。そもそも自分が病気にかかりやすい体質なの疑問ありましたし。このあたりは、主将としてかなり難しいところだったと思います。
また、主将をやっていて一番感じたのは、思っていた以上に決めるということが多いことでした。大会のこと、練習場所や内容のこと、何かを決めなければならない場面が結構ありました。もちろん自分一人で決めるわけではなく、幹部や部員に相談しながら決めていくのですが、最終的に決める立場になると、それなりに責任を感じます。特に、自分の決めたことによって誰かが大変になったり、部員から不満が出たりすると、これでよかったのかなと考えることもありました。ただ、何も決めずにそのままにしておくわけにもいかないので、ある程度は割り切って進めるしかないということも、主将をやって学んだことの一つだと思います。
そんな中でも、主将としてやってきたこの1年で、部活としてかなり色々なことを経験できたと思います。こういう経験をしていく中で、最初はただ自分たちが泳ぐための場所だと思っていた水泳部が、だんだんと自分たちが運営していくものに変わっていったように感じます。
競技面では少し消化不良感があります。小さい頃から水泳を続けてきて、大学に入ったらもっとタイムを伸ばせると思っていました。実際、大学に入ってから高校とは変わって夏の期間だけでなく1年中練習できるようになりましたし、1回の練習量はだいぶ増えました。ただ泳ぐだけじゃなくて速い周りの人達からアドバイスをもらえるようになりました。もちろん全く速くなっていないわけではないし、種目によっては少しずつタイムを縮めることもできました。ただ、入部したときの頃に思っていた大学に入ったらもっと速くなれるというイメージと比べると、思ったようにはいきませんでした。特に、自分の中では全国公の標準を切ることをかなり意識していました。ただ、結局最後まで全国公の標準を切ることはできませんでした。今振り返ってみると練習に集中できない時期もありましたし、喘息や体調不良などで思うように練習できないこともありました。でも、結局それも含めて自分の結果なので、全国公を切れなかったことについては、普通に悔しいです。特に、1年生の頃にあれだけ全国公を割ると思って頑張っていたことを考えると、最後まで達成できなかったのは心残りではあります。高校から大学に入って、時間もたくさんあって、もっと速くなれると思っていたのに、思ったほどタイムを縮められなかった。それでも水泳を嫌いにならずにここまで続けられたのは、それだけ水泳自体が好きだったからだと思います。全国公を切れなかったことも含めて、競技面では自分が思い描いていたものとは少し違ったものになりました。ただ、後悔はしてません。自分らしい結果だったのかなと思います。そして、幹部を終えた今は、もう部活を運営することを考えなくてよくなったので、残りの大学生活では何をしたいか今一度考えてみようと思います。
主将をやっている間には、1年生の頃には考えられなかったくらい色々な人に助けてもらいました。幹部のメンバーにはもちろんですが、部員のみんなや他大学の人にたくさん助けてもらいました。自分一人で部活を動かしていたわけではなく、周りの人がそれぞれの仕事をしてくれていたからこそ、主将を続けることができたと思います。特に、自分が何かをお願いしたときに嫌な顔をせずやってくれた人たちには本当に感謝しています。自分はあまり人にお願いするのが得意ではなかったので、今振り返ると、もっと周りを頼ってもよかったのかなと思います。
たくさんお世話になった人はいるんですけど、全員にメッセージを書いてるとキリがないので、学年ごとに書いていこうと思います。
まずは1年生。正直君たちが羨ましいです。人数がいるって楽しいし、困ったときに頼れる人がたくさんいます。仲間を大切にしながら、それぞれの目標に向かって頑張って。
2年生。あの時の部活によく入ってきてくれた。あきらはこの1年で競技面でだいぶ成長してくれたし、部内での仕事にも積極的に参加してくれてとても助かった。えいすけは後輩ができてからだいぶやる気が変わってきたみたいだね。知識量は部内1だと思うから、それを水泳部に活かしてあげて欲しい。そういちろうは1年が入るまでよく1人でタイムとって、大会でも役員やってくれたなと思う。今もだけどほんとにありがとう。竜士は一旦お休みするみたいだけど、大学生活は限られた時間だから後悔のない選択をして欲しい。この1年竜士の泳力に助けられた部分は結構大きいから、それは忘れないでね。個性派4人だからぶつかることもあるかもしれないけど、幹部代の1年はあっという間だと思うから、最後にやり切ったと思えるように頑張って。
じえいとは1年生の頃から一緒に幹部をやってきて、振り返ると本当に長かった。特に1年生の頃は、たっしーさんと自分とじえいの3人で練習することが多くて、あの頃は部活を続けること自体し大変みたいな話もしてたけど、同期がまだ1人いてくれたことはかなり大きかったかな。その後、自分が主将になってからも、会計や幹部の仕事をやってもらったり、色々な場面で助けてもらいました。自分から何かするタイプではないけど、やる事はしっかりやるという同期がいただけで安心感がありました。2人とも最初からこんなに長く幹部をやるつもりだったわけではないと思うけど、結果的に一緒に最後までやり切ることができてよかった。2年間、本当にありがとう。
たっしーさんには感謝しかないです。自分が今こうして主将を終えられたのは、たっしーさんのおかげだと思っています。そもそも自分が副将になったきっかけも、1年生の夏にたっしーさんに声をかけてもらったことでした。正直、幹部がこんなに大変なものだとも思っていませんでした。それでも、たっしーさんが新歓を頑張ってくれたり、部活を続けるために色々動いてくれたからこそ、自分も頑張ろうと思えました。自分が主将になってからも、困ったときには色々相談に乗ってもらったり、部活について話したりすることが多くて、かなり助けてもらったと思います。1年生の頃は、たっしーさんについていくような感じで始まった幹部が、気づけば自分が主将になって、その代を終えるところまで来ました。2年間、本当にありがとうございました。
主将になったばかりの頃は、自分がしっかりしなければいけないと思っていました。でも、1年間やってみて、自分一人がしっかりすることよりも、周りに頼りながらみんなで部活を作っていくことの方が大切だったのかなと思います。
そして先月、納会で正式に主将を終えて、ようやく自分の幹部代が終わりました。1年生の夏に副将になってから考えると、かなり長かったです。正直、途中で何度も大変だと思ったし、部活を続けること自体について考えた時期もありました。
それでも、1年生の頃に来る部員がほとんどいなかったところから、最後にはたくさんの後輩がいる状態まで持ってくることができたことを考えると、続けてきてよかったと思います。
もちろん、もっとこうしておけばよかったと思うことはたくさんあります。もっと練習を頑張れたんじゃないかと思うこともあるし、主将としてもっと上手くできたこともあったと思います。ただ、今振り返ってみると、その時その時で自分なりには結構頑張っていたんじゃないかなと思います。
特に1年生の頃、部員が少なくて、体調も悪くて、バイトや授業もあって、それでも毎朝始発に乗って練習に行っていたことを考えると、よく続けたなと思います。あの頃の自分がいたから今の自分がいると思うので、そこについては少しくらい自分を褒めてもいいかなと思います。
そして、これからは自分たちが作ってきたものを次の幹部に渡すことになります。自分たちの代でできなかったこともたくさんあるので、次の幹部にはそこも含めて、彼らなりの水泳部を作っていってほしいと思います。自分たちの代で良くなかったところは変えて、もっと良い部活にしてもらえればいいと思っています。自分もこれからは一部員として、必要なときには手伝っていきたいと思います。
最後に今まで本当にありがとうございました!!

