23日 Hoさんが遊びに来た。
お母さん 今夜はあなたのテスト合格祝いとおじいちゃん おばあちゃん を送る席よ と、
Hoさんらは観閲しているだけよ。 と言った。
Hoさんは何も気にするそぶりは見せず、むしろその家族には何か感動を見せてほしい、といった空間が存在していたと思う。
双方が怒り半分の、気味悪い半分の別れから得られたのは Khoi君のブログ、ブログは作家の実践場だった。
そんなとき、私はまた過去の自分のそのときには気づかない あるいは呼び起こさないうちになくなってしまった世界を見た。 自分さえも洗礼できない 前のような世界を今は見出すことが出来ないこと 自分自身の欠点なんだ。
おばあちゃんはそれでも異質に思えた。例えば軽やかで光がよくあたるゆび、手の甲、
彼女がもう少しでも 私に価値観の比較を背けたら、私は裂かれていたのかもしれない。
彼女はただ私がずっと聞いてきたことを ぼそりというのだった。
知恵の始まりはいつも易しかった。易しい部分しか知らない。自分の心が許せた。はじめは何処までもいける、何だって良よくて、ただ守るものを知っていれば、大事なことだけを決めれば、 生きることや、妻として生きることを 知っていけば、礼儀や、規則や、法則を守れば、 誰かを傷つけなければ
私の将来は梅のように 美しい、そんなことをポエムに込めてくれた。
