添付された写真には、裃姿のまま爆睡する田中さんの姿が。
よく見ると、家紋がいつもの毛利家のものとは違う桝に三日月。
三日月×高身長=山中鹿介

それでてっきり歴史番組で山中鹿介の役をやったのだろうと、嬉しげに、
しかも「私は歴史に詳しいのよ」と言わんばかりに知識を盛り込んでコメントしたら…
違っていた。
山中鹿介の家紋は三日月じゃなかった。
本当は、たぶん棗。
「たぶん」なのは、画像検索すると棗の紋が入っているんだけど、正確な資料はどこにもないから。
実は私は家紋に詳しくない。
それなら知ったげにコメント書くなって話だが…
そこは夜中でボケてたということで、許していただきたい。
ただ、田中さんがどこかの番組で、この偽情報を披露し、恥を書くといけないので、早々に訂正コメントを書かせていただいた。
普段、広島ローカルの番組で、毛利元就の家臣として出演している田中さんが、
敵の尼子家の家臣の役をやるなんて、
「田中! 寝返りおったか!」という元就公の声が聞こえてきそうで、
ちょっと面白くてうかれてしまった。
ごめんなさい、田中さん。
さて、山中鹿介ですが、ずっと気になる人物ではありました。
というのも、休日というと岡山県西部を抜けて山陰へ出掛けていた時期があって、
高梁市のある場所を通るたびに「山中鹿介の墓」という案内板が目に入ったから。
(実際に行ったことはなかったけど)

それから、山陰へ行くときの2回に1回は行っていた足立美術館の近くに、
鹿介が仕えた尼子氏の居城、月山富田城があるから。
(ここも実際に行ったことはないけど)

行っておけばよかったと、ちょっと思う。