「そういうものに興味を持った事は無いなぁ」
「そういう努力はしたことがないなぁ。」

といって、自分の立場を必死に守ろうとする人がいる。

ただ単に「やった事が無い」ものに対して、
ただ単に話題をふられたというだけなのだが気持ちが落ちつかず、
こんな表現をして、
自分の心の安定を図ろうとする人がいる。

何事も、やってみて初めてわかるのが人間である。
それは誰しもに共通している事実なのだ。

それなのに何故、そこを話題とされた時に心が平静を保てないのか。

そして何故それを、
「やった事がなくてわからない。」
と素直に言えないのか。

○好かれたい相手の知っている事で自分が知らないことがあると、必要以上に焦る。自分の価値がそれによって下がるとまで思う。
○思わず本音を隠して自分を良くみせる言葉を発してしまう。
○優秀な人であると思われなければいけないと思い、ことあるごとに、
それも反射的に、相手に優秀だという印象を与える行動をとってしまう。
自分を必要以上に優秀に見せる。
○ありのままの状態を出すと相手に優秀でない印象を与えると感じると、嘘をついてまで隠してしまう。


やはりこれも、多くの場合は幼い頃にしっかりと刻み込まれた「思い込み」による。


○自分は優秀である

(自分は優秀なはずである)

(優秀でなければいけない)

(優秀な事は自分の価値である)

(優秀な自分は好かれる、褒められる)

(優秀だから認められる)

(優秀でなければ自分には価値がなくなってしまう)
(優秀でなかったら他者は自分に対して価値を感じなくなる)
(優秀でなければ認められない)
(優秀でなければ愛されない)

(優秀でなければ気持ちよく生きていけない)






そして、この「優秀」というワードがその人の脳内を支配する。

幼い頃、そういう体験をどこかでしてきた人にとっては
「優秀」という事は死活問題になるのだ。

周りがそんな事を思っていなくても、その人にはそれが全く理解できない。
「そんな事はあるわけがない。」と思っている。

もはやワードの一人歩きと表現して良い程の
「優秀であること」からの過剰な支配。


○「優秀であるはずだ。」


この思い込みには
○「優秀な事を認められた」「優秀だから褒められ、自分の存在自体を受け入れてもらえた」
そんな体験が隠されている。

その体験からつくられていった思い込みが、大人になってもその人を陰ながら支配する。

支配されている人の行動・態度は一言で表す事ができる。

「防衛的」
なのだ。

自分の価値を、アイデンティティを、
「他人の評価に委ねてしまう」思い込みを持っているのである。

幼少期~思春期の人間関係や、一番影響力を持つ家族から
○無条件に存在を認められ、無条件に愛される

この体験をせずに育った場合、かなり防衛的な行動が多く見られる人になる事が多くある。


○いるだけで愛されている。
○特別な成果をあげずとも、存在自体を喜ばれ、受け入れられ、認められる

心からその様に感じられる体験をして初めて
人はその安心感や満足感より先に進み、
その人本来の能力をのびのびと発揮して実現していく力が出てくるのだ。

中には、馬鹿にされた事や認めてもらえなかった体験をバネにして努力につなげ一定の成功を納める人もいる。

しかしながら、そこでもひとつ大切な事がある。
その悔しさをバネとして使ったなら、

○使用済みのバネは早急に手放す

という事である。

一定の成功を納める為の努力のきっかけになったとしても、
それが悔しさ、恨み
「見返してやる=復讐してやる!!」
という、人にとって心地良い印象を与えない感情である事は変わらないのだ。

つまり、
その復讐心を手放さずして過ごし続けるという事は、
一定の成功の先にある本来の幸せを諦めマイナスの感情
否定的な性格を持ち続けて生きて行く事なのだ。

あなたは見た事がないだろうか。

はたからみたら素晴らしく成功を納め、名誉も地位もあるというのに
なんだか人間関係に寂しさや違和感を持つ人物を。

人を疑い、人から裏切られ、
人を心から信じて愛せず、本当の心温まる友人がいない事に
どこかとても自信が無い。
しかしそれを隠して、幸せを演じて疲れる部分を持つ人物を。

悔しさや悲しさをバネにして頑張る事も、心理学的にはごまかしや合理化と同じ、
防衛的な行動の仲間に入る。

爆発的なエネルギーで何かを成し遂げ結果を出した人物を、
周りはまず素直に「凄い」などと賞賛する。

それによりその人は安心する。

しかし使用済みのバネを手放さないという事で、
不自然な攻撃性
否定的な人格
という印象を与え続ける。

そうしているうちに、
なんだか、どこか冷めていて親密さに欠ける人間関係。
真実の親密さからくる安心感や満足感、充実感の無い交流。
「凄いね」と言われても心から愛される事のない人物になっていってしまうのだ。

○そこにいることが、充分素晴らしい。
○存在自体を認められて、あなたはそこにいる。

これを真実として、事実として生きた時、その人は人を信じる事ができる。
人を愛せる、つまり人からも愛される人になっていく。

暖かい人は暖かい人が好きであり、
真っすぐに生きる人は真っすぐに生きる人が好きである。

好きな者同士は長く続いて行く。

否定的な人は否定的な人といてしまう。
どこか不快なのだが、なぜか落ち着くのだ。

自分の中の思い込みが変わったとき、
世界が変わる。

なぜ世界が変わってしまうほどのことなのか?

思い込みとは眼鏡のようなもの。
人はその人に植え付けられた思い込みを通して物事すべてを見る。聞く。感じる。

「○○でなければ愛されない」
という思い込み

「存在自体を愛されている」
という思い込み

どちらも思い込みなのである。

その思い込みを通って全ての行動や言動がとられる。

その積み重ねで交流し、刺激を与え合うのがコミュニケーション。
そこから構築されてゆく人間関係。

心の安心する、暖かく幸せな人間関係を体験したい人は
まず思い込みの選択をしておく事が非常に重要である、必要といえるのだ。

愛されていると信じられる人が、人を愛する事ができ、人を愛せる人と共鳴できる。