僕が住んでいる埼玉県南部でも桜が咲いています。
自宅の近所で咲いている桜の写真を撮ろうと思い、スマホを向けると、、遊歩道の向こうからおじさんが歩いて来たので、行き過ごしてから写真を撮ろうと思いました。
すると、おじさんはなんと、遊歩道の出入り口の所で立ち止まり、何を思ったのか、そこで体操を始めてしまいました![]()
屈伸したり、体を横曲げしたり、腕を左右に振ったり…。
僕はスマホを向けながら「えぇっ??」と思ったものの、おじさんは体操を続けます。
僕は「おいおいおい
」と思っているのに、おじさんは「俺の写真を撮ってくれ!」とでも言いたげな目で、チラチラとこちらを見ますが僕はそんな気はありません(おじさんが女性なら考えるけどね)。
結局、3分ほど待って、おじさんが行った後に上の写真を撮りました。
僕は、こういう間の悪さがメチャメチャ多いんです。
スーパーのレジで精算しようと思う時に、レシートのペーパーが切れてしまう…みたいな![]()
昭和の頃、僕が住む関東では桜が咲く時期=入学式でした。
僕もそれが普通だったので違和感はありませんでした。
実際、入学式の頃に桜が咲いていましたし、全国的にそういう風潮でしたから。
ところが、僕が学生の頃に出会った長崎県の出身だった友達は、
「子供ん頃は、なして桜が入学式に関係するとかわからんじゃったばい。4月ん佐世保では、桜はもう散っとー」と言ってました![]()
入学式の頃の九州ではもう、桜が散っているんですよね。
そんなことを考えたことがなかった当時の僕は、その季節感に驚いたものです。
日本は広いなと感じたし、桜の開花時期が関東を中心にしていたことに気づきました。
北海道などの冬の長い所では、入学式後に桜が咲きますよね。
今は温暖化で全国の季節感が変わっていますけどね。
年を取るにしたがって、桜がパッと咲いてサッと散る儚さを、強く感じるようになりました。
桜って、よく言われますが人生の縮図のような感じがしますよね。
数年前からは「来年も桜が見られるんだろうか??」なんて思うような気持ちにもなってます![]()
僕の母は90歳。
なんとか普通に暮らしているので、10年ぐらい前からは車で車窓から見られる近所の桜を見せに連れて行っていましたが、昨年末に軽い脳梗塞を患い入院中のため、今年は連れて行くことができません。
来年は見せてあげることができるのかな。
春になれば桜が見られるって当たり前だけど、それは当たり前ではないですね。
当たり前だと思ってはいけない。
若い頃はそんなこと、考えもしなかったけど、当たり前ではないね。
今は、あれこれ思い悩んでいますが、
悩んどってもしょんなかけん、今ば頑張るしかなかとー
と、思って『今』を頑張るしかないのかな。
な~んて思います。
来年も桜を見るために![]()
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頑張るしかなかと~と思いながら飲んでいる今夜の酒は、福岡県の麦焼酎で『博多猿(はかたさる)』。
八年貯蔵と言うだけあって芳醇な香りがします。
今、うまかーと思いながら飲んどーばい。
うまか~って思えることは生きていることだから、命に感謝しなきゃだね。
明日も、お酒を飲むことができるかな![]()


