このところ、ずっと・・・・
インスタグラムとやらで「キャプション」の練習をしているのだが、
短い説明文というのは、やたらに難しいと感じる。
長~い文章を要約しているのと同じなので、その基となる長~い文章も
読んだり調べたりしなくてはならないので、
短い説明文になるまでに・・・・やたらと時間もかかる。
しかも、
そのキャプションの英訳も練習しているため・・・・
なんとなく、「インスタグラム地獄」を感じている。
もともと仕事でアップアップしているので、地獄には慣れているのだが
着物を中心とした日本文化についての英訳は・・・・
なんと・・・
「英語表記のない単語」が多すぎる。
一つの単語を、まじめに英語で説明しようとすると、キャプションでは
なくなってしまうくらい、長くなる。
こんな時は、
「着物」が「kimono」であるように、
「ヴィジュアル系」が「visual-kei」として認識されているように、
勝手に日本語そのままをローマ字表記している。
(伝統的な、ろうけつ染めの過程を取材中。ろうけつ染めそのものもそうだが、
職業としての染色家という表現も、英語では表記しにくい。)
この
かなりやっかいと思われるインスタグラム地獄ではあるが、
もがいていると見えてくるものもある。
日本人の美意識、というものがもともとあったのかどうかはわからないが
外来の文化を上手に取り込んで、日本の風土にあった独特の文化を
形成したことは、ほぼ間違いないということだ。
そして、
特に江戸時代の文化について調べていると、必ずひっかかってくるのが
「キリスト教」(特にカトリック)なのである。
秀吉の頃から、江戸、明治・・・・と、キリスト教徒は250年以上
弾圧され続けたのであるが、1865年に長崎でプチジャン神父に信徒が
発見されたことから、「隠れキリシタン」または「潜伏キリシタン」として
存続してきたことがわかっている。
思想と、それに付随する文化の影響は、日本人の根幹にしみ込んだ
のであろうか。
キリシタンとは悟られないように、神道や仏教、儒教、あるいは日本的な
ものでカモフラージュしながら、その思想と文化を存続させてきたと
思われる実際の証拠や、様々な研究によって・・・・
弾圧にも耐え抜いた、日本人の知恵と美徳、美意識といった聖性が
改めて世界に知られることになるかもしれない。
(麻布にある、築90年以上の洋館。見事な和洋折衷は、もはや「和モダン」と
いう独立した様式を感じさせる。)

