駿河堂のブログ

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愛犬の心臓手術は、大成功だった。

 

 

午前11時頃から午後6時くらいまでの大手術を、無事に乗り越えた。

その間、手術の詳細を、その段階ごとに専門の先生が説明してくださり、

その結果を報告してくださった。

大きなモニターに映し出されている手術の様子を、ほぼずっと見ていたが

素人目にも、順調であることが感じられた。

 

 

(手術中。ずっと上部にあるモニターを見ていた。)

 

 

その日の夜に、いったんICUに移った愛犬は、普通に元気そうな様子だった。

(亡くなった後、担当の先生が動画を見せてくださった。)

術後の元気な愛犬になんとか面会してほしいと、担当の先生が

心配りしてくださったが、肺の回復のための人工呼吸器を外すのに時間が

かかりそうだったので、当日はあきらめ、翌日まで待つことにした。

(この時は、もう回復するだけだと安心していた。)

 

 

翌日の13:30頃に、面会した時は、少し呼吸が早くなったということで

酸素吸入器を付けてはいたが、意識はしっかりしていて、

 

「のんちゃん、がんばったね。偉いね。」

 

と声をかけると、

いつものように目をくりっとさせて、起き上がろうとしてくれた。

酸素マスクが少し外れてしまうくらい、元気な様子だった。

・・・・思えば、

はっきした意識の愛犬に面会できたのは、これが最後だった。

 

あの時・・・・

私が迎えに来て、一緒に帰れると思ったに違いない・・・・

愛犬の気持ちを想うと、本当に愛おしくて、ひどく切ない。

 

その日の深夜、呼吸状態が悪化して

人工呼吸器を付けることになった。

深夜に電話があり、一瞬かなり驚いたが、今すぐ命に係わることではない

という説明に、ほっと胸をなでおろした。

だが、この電話の後から・・・・

自分の心の中に、不安の影がつきまとい始めた。

そして・・・・それ以降、愛犬の人工呼吸器が外れることはなかった。

 

 

(治療2日目。たくさんのチューブはすべて愛犬の命綱だ。)

 

 

しかしながら、

意識ははっきりしていなくとも、聴こえているし、触れているのも

感じているということだったので、

面会している時は、なでながらいつものように話しかけた。

決してネガティブな言葉はかけないようにと決めていた。

家族全員、面会もできた。

マックスくんやピートさんは、チューブにつながれた愛犬の様子に

ショックを受けて声がかけられなかったと言っていた・・・。

そうだよね・・・・

愛犬の普段の姿やイメージとは、おそろしくかけ離れた状態だもの。

3日目は、腎臓の治療とその回復を待つ・・・・という状態となっていた。

 

その3日目の深夜、

その晩の看護治療担当の先生から電話があった。

「無尿という状態になっています。

この状態になりますと、一日ほどしかもたない場合が多いです・・・・」

聞いた瞬間・・・・自分が全て止まってしまった。

おそらく、その後、「改善されることもある」という可能性も

説明してくださったと思うのだが、あまり覚えていない。

はっきりしているのは、朝一での面会予約をとったことだけだ。

 

最期となった4日目は、3回、面会した。

午前の1回目の面会時、昨夜の電話での内容を踏まえて、

「これ以上の治療はできないのでしょうか?」

と手術前からお世話になっている麻酔科専門医の先生にたずねた。

「・・・・透析があります。ですが、前例がありません・・・・。

外科チームと検討します」

 

元気に鼓動を刻む愛犬の心臓、腎臓が改善されれば・・・・

費用がかさんでも、入院が長引いても、

愛犬が元気に回復してくれる可能性があるのならば。

どうか、どうか・・・・

 

 

(4日目の1回目の面会。愛犬をなでるピートさん。)

 

 

2回目の面会時。

つい・・・・

「これ以上、がんばってって・・・・声かけていいんでしょうか・・・・」

そうつぶやいてしまった。

でも、その時、治療看護してくださっている先生が、

 

「まだ、あきらめるような状態ではないですよ。

この状態から回復する子もいます。

僕たち、まだまだ全然あきらめていませんから。」

 

「・・・・そうですよね!あきらめちゃだめですよね!」

 

愛犬をなでながら、弱気になった自分を恥じた。

そして、ずっと愛犬と、飼い主に寄り添って励ましてくださる

先生方の責任感や信念、思いやりといった気持ちが、

本当に心強かった。

 

腎臓の状態は、なかなか回復の兆しがみられず・・・・

「透析」という処置を検討していただいていたが・・・・

だが、その処置をする間もなく・・・・

修復され、元気な鼓動を刻んでいた愛犬の心臓は

止まってしまった。

 

3回目の夜8時の面会の、10分前のことだった。

(早めに来ていたので、蘇生処置から亡くなるまで立ち会った)

 

手術が終わって、4日後のことだった。

 

 

直接の死因は、急性腎不全だった。

自分は・・・・この4日間、

心臓のことは忘れていた。

 

ただひたすらに、

振り払っても振り払っても、襲いかかってくる死の影に

祈ることだけで立ち向かうしかなかった。

そしてどこかで、

自分の祈りの弱さや虚しさに打ちのめされてもいた。

 

 

 

(手術直前。昨年からトライした愛犬との自撮りの最後の一枚。)

 

 

 

 

 

 

愛犬の最期の「言葉」。

 

 

 

「心臓が、声に反応していましたね・・・・」

愛犬が亡くなった直後、別室に移動した時に、担当の先生が仰った。

ピートさんもそのことに気が付いていた。

すでに心停止していたにも関わらず、反応した・・・・

いや、

「反応してくれた」愛犬の心臓。

 

 

(2021.6月撮影。遺影として飾っている中の一枚。)

 

 

 

お別れの瞬間から、別室に移るまで、

実は・・・・あまり自分が何を思い感じていたのか思い出せない。

 

ただ、

愛犬にお別れを告げた後に、担当の先生に

「ありがとうございました」と頭を下げ・・・・

担当の先生が制止するまで、必死に蘇生をしてくださった

先生方(6~7名いらしただろうか)に、頭を下げた。

限りを尽くしてくださったことに、

感謝の気持ちでいっぱいだった。

 

別室に移ると、

担当の先生が、陳謝してくださった。

とっさに、

「そんな、先生、謝らないでください・・・・」

そう自分が言っていた。

誰も、この結果を望む人などいなかったし、

みんなが愛犬の命を救うために力を尽くし、祈り、願ったのだもの。

 

そう・・・・

今一番つらいのは、こうして飼い主の前で頭を下げてくださっている

先生に他ならない。

最初から最後まで、飼い主にも真摯に向き合って心配りしてくださった

ことに、感謝しかないし、マイナスの感情はみじんもなかった。

 

そして、手術前の承諾書の通り、

愛犬の臓器は病理解剖に出していただくことにした。

きっと愛犬の死は無駄にはならないし、同じ病気に苦しむワンちゃんたちの

生命につながる。

何よりも、この担当の先生であれば、きっと愛犬の死を生につなげてくれる

だろう・・・・

最初にお会いした時からのナチュラルな信頼感は、

不思議なほどに今も揺らいでいない。

 

 

きれいに洗われ、乾かしていただいた愛犬は、

車用のベッドに寝かせて、いつもかけていたピンクのタオルをかけ、

最後に遊んだライオンのおもちゃを添わせた。(治療中の愛犬のそばに

おいてもらおうと、たまたま持ってきていた)

担当の先生がベッドごと抱っこして、病院隣の車まで運んでくださった。

愛犬はピートさんと一緒に後部座席に。

 

すでに夜11時過ぎ、薄暗い駐車場。

関わってくださった先生方が・・・・全員並んで見送ってくださった。

車の窓を開けて、お辞儀をした。

 

「のんちゃん、お家に帰ろうね・・・・」

 

初めて家族に迎えた時と同じ車に乗って、

たくさんの思い出のつまった車に乗って・・・・

 

 

 

(2021.2月撮影。最後にプレゼントしたライオンのおもちゃ。)

 

 

 

 

 

 

 

愛犬が蘇生を施されている場面は・・・・

 

 

思い出すと、その時と同じように身体が動かなくなる。

それと同時に、その瞬間の自分の脳内で起きていた現象も

なぜかとてもクリアに思い出せる。

 

 

2020.6月撮影。遺影として飾っている一枚。

 

 

 

最初にガラスを隔てた手術室での・・・・おそらく蘇生を始めたばかりの様子は

明らかに心臓マッサージとわかったにも関わらず、

頭の中では「もしかしたら透析を始めたのかもしれない」などと、

恐ろしく無理やりなプラス思考が働いた。

 

そして、その思考を客観視している自分が、

「人間の脳ってすごいな」

などと解説しているのだ。

・・・・こんな時に・・・・だ。

 

「最期まで、愛犬の飼い主としてりっぱに務めなくちゃ」などと

頑張っていたせいなのか、取り乱して壊れないように、

自分の究極の感情から距離をとろうと必死だったのかもしれない。

 

 

いけない・・・・

このまま立っていることが難しく感じたので、

ピートさんを促してベンチに座った。

心拍の音なのか、何かのアラームなのか・・・・

緊迫感のある音が、希望にすがる気持ちを削いでいく。

 

もう、何を思っているのか、一体何なのかすらわからない。

ピートさんの手を探して・・・・

左手をギュッと握ってもらった。

温もりを頼りに、ひたすらに数分、数十分を耐えていた。

 

「もう20分経ちます・・・・これ以上は脳が・・・・」

担当の先生の言葉に、うなずきながら手術室へと向かう。

ここからは・・・・

なぜだが耳が少しふさがったような、気が遠くなる寸前のような、

しかも天井から見ているような映像が記憶に残っている。

 

 

愛犬をなでながら、ピートさんと自分が声をかけている。

 

「のんちゃんありがとう、ずっと大好きだよ!」

 

たぶん、何度もそう言っていたと思う。

止まっている心拍が、声をかけた時に反応しているのが

涙でかすんだ目と、ふさがったような耳にも、はっきりとわかった。

最期のお別れだった。

 

愛犬の最期の「言葉」だった。

 

 

 

病院に行く直前、自宅での最後の撮影となりました。(2021.3.10)

 

 

愛犬のんの。

 

もはや駿河堂にはなくてはならない、人生の一部。

それなのに、突然失ってしまいました。

 

 

恒例の誕生日のブログを書きかけて・・・・

どうしても書けなくて、アップできませんでした。

 

 

(3月7日、誕生日に家族で写真を撮りました。)

 

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(アップできなかった書きかけのブログ)

 

 

3月7日、愛犬は13歳になりました。

 

4日後に心臓手術を控えています。

心臓に毛が生えているような飼い主でも、心臓がおかしくなるくらい・・・・

緊張しています。

2年前、肺水腫になって「死」を覚悟しなければならなかった瞬間から

どこか解離状態というか、自分の身体から少し幽体離脱しているような感覚で、

恐怖や悲しみに溺れないようにして過ごしてきたように思えます。

 

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見た目はとても元気そうでしたが、

日に日に心臓は肥大しつつあり、咳も出てくるようになっていました。

肺にも影響し始め、腎臓は利尿剤の影響で数値がじわじわと高くなるばかり。

すでに内科的な治療(投薬治療)は、限界にきているようでした。

 

そして、すがるように受診した犬の心臓外科。

専門医の先生に、手術可能であると診断されました。

年齢も状態もギリギリでした。

2月に受診したので、手術までの一か月間で悪化してしまうことも予想され、

愛犬の状態をなんとか保つために、手術まではずっとそばでケアし、

家族にも協力してもらい、絶対に独りにしないようにしました。

お散歩は行きたがるので、ゆっくり1時間くらいかけて、できるだけ走ったり

しないようにして、好きなように行きたいようにさせてあげました。

 

苦しくなるままに見送るのではなく、

健康を取り戻して、健やかな老後を一緒に・・・・

後ろ向きな治療ではなく、前向きな選択をしたつもりですが、

多少のリスクもあるため、祈っても祈っても不安はつきまといました。

 

これ以降は、思い出すと苦しくて仕方なくなってしまうので、

経過のみを簡単に書きます。

 

 

(手術前の愛犬。この時、最後のハグになってしまいました。)

 

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3月11日、心臓手術(僧帽弁閉鎖不全症の形成術)を受けて大成功でしたが、

その翌日から肺と腎臓に少々ダメージがあったせいか、呼吸が早くなり、

酸素吸入器を付けての投薬治療、更に呼吸状態が悪くなり人工呼吸器を付けての

治療をしました。

その結果、肺は回復したのですが、腎臓がなかなか回復せず・・・・

透析を検討している時に急変しました。

 

3月15日の夜8時に面会予定で動物病院の駐車場に着いたのが7:40分過ぎ、

のんのが最初の心停止を起こしたのが7:50分で、8時に病室に入った時は

蘇生をしていて、少し持ち直したりしましたが、8:19分に亡くなりました。

家族の到着を待ってくれていたかのようでした。

亡くなる間際、声をかけると止まっている心拍が、その瞬間だけ反応して、

まるで声に応えてくれているようでした。

 

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ともかく医療スタッフの先生方は、全力を尽くしてくださいました。

その時も今も、心からの感謝しかありません。

愛犬にも、愚かな飼い主として謝罪こそすれ、感謝と「大好き」しか

ありません。

 

 

その後二日間、

家族で愛犬を囲んで思い出話をして、泣いたり笑ったり謝ったり感謝したり

写真を撮ったり・・・・別れを惜しみました。

 

火葬の前、バスケット型の棺を抱えていつもの散歩道を少し歩き、

車で霊園へと向かいました。

のんのと最後の最後のお別れ。もう触れることすらできなくなる・・・・

引き戻したいような思いにかられました。

ですが、お骨上げをし、小さく軽い骨壺を抱いた時、

やっと苦しみや死からも解放された愛犬が戻ってきたような感覚があり、

不思議と少し安堵したような気持になりました。

弔いの段階を経て、気持ちの折り合いをつけていくのでしょうか・・・・

 

 

(微笑んでいるかのような表情。最期まで周囲を幸せにしてくれました。)

 

 

ですが無性に・・・・会いたくて仕方ありません。

こんなお散歩日和に、お散歩しないなんて・・・・