どうでもいいニュースかもしれないという意見 | 毎日、毎日、渋谷から新宿・高田馬場の街を歩きながら、三河の宿で青春時代を過ごした人が大阪で第2の人生を夢見るつぶやき
ベッキー,SMAPのニュースがどうでもいいことにニュースをしてという法律家の意見がFBにチラホラある。

法律家だから屁理屈や法律で判断できるか否かしか興味のない事案な方もいるだろうが、

それがまた左巻きな法律家に多い。

ベッキーやSMAP自体はどうでもいいかもしれないが、この背後にある不倫で家庭崩壊した妻やプライドをズタズタに潰され、尊厳死すらできない40前後の商品かモノとしてしか扱われない一人一人の感情を

きっと屁理屈と法律条文でいきる人間には分からないことだろうし、事案の解決にどうでもいい感情だろう。

左巻きは、女性の尊厳というフェミ思想や闘争史観イデオロギーには興味あろうが、生の人間の感情には興味がない。

このニュースはニュースとしてしか感じない法律家ならば、それでいいかもしれないが、

ベッキー報道やSMAP報道から、普通の日常生活にある不倫、離婚、尊厳、独立、葛藤などが国民が自分や周りにありうる現実に重ねて興味・関心も持っている。

だからニュースになる。だからいつまでも話題になる。

ニュース価値があるか否かは、個人の自由判断だが、

ニュース自体はちゃんと政治も食品廃棄もバス事故も台湾選挙もちゃんとしている。

民主党の日教組議員・興石の政界引退もニュースしている。

これこそどうでもいいし、まだいたのかと失笑した。