なんとなく刑事法に久しぶりに目覚めました。
少年法はつい最近まで、教育して更生させるものという考えでしたが、
そのためかなり人生観、価値観などの対立は激しかったのを覚えています。
この流れが厳罰へ向いたのは、山口光市母子殺害事件の残された遺族の必死な思いです。
2人殺しただけで少年が死刑になりました。
2人だけ・・
そんな言い方をする人権派弁護士もいましたが、
それは少年の被告人が死刑になった市川一家4人殺害事件と比べてなのか、
あるいは、同じく死刑になった名古屋アベック殺人事件の2人殺害に比べて殺し方が
違うからなのかは知りませんが、
裁判例で積み重なった刑事の感覚では2人殺しただけで、
しかも少年なら死刑はバランスがおかしいでしょうね。
女子高生コンクリート殺人も、むしろ被害者が淫乱だったような報道をする大手メディアがあったり、
左翼思想の方々は、この殺人者や強姦者が弱者かのような言動もあった。
この時代から考えたら、山口光の母子殺害事件以降の夫が投げかけた一石で世論の変化は決定的です。
遺族の元夫は『少年が死刑にならないなら、私が、国家に代わり少年を私刑する』
という映像は忘れません。
もうかなり前にこの元夫がパネリストで参加する少年法の討論会に行きました。
非常に冷静で論理的な議論をされていました。
刑法学者の大谷實同志社大学教授
少年法を擁護する弁護士
辛抱治朗
俳優の田中健
などなどがいましたが、
元夫が「人を一人でも殺したら死刑にすべきです」というと
弁護士が一番、感情的になり、○犬みたいに吠えだし、
傍聴席から失笑を買っていた。
少年法は必要ないとは思わない。
が、刑罰は応報であるべきと思っている。
少年法はちょっとした過ちを立ちなおせる機会を与える法律であるから、
優れた法律でもあるが、
刑罰は応報であるということを忘れたら、愚法以外何物でもない。
人権感覚が優れた人こそが法律になるべきですが、
昔の弁護士はいかに変な弁護士がいたのかと思うと、
最近はロー制度で普通の弁護士が多くなりました。
が、刑事訴訟手続きに沿った捜査や証拠収集や公判手続きがなされているかの
チェックは必要ですから、
時には国家権力と闘う弁護士はいないといけませんが、
被害者やその遺族を愚弄する弁護士が多かったのは弁護士会は
会として、反省していただきたいものです。
今は昔ほど、弁護士の地位は高くありません。
それは憲法の理念です。
人は法の下では平等だからです。
被害者も遺族も法の下では同じく平等です。
ただ加害者は公共の福祉に反する行為、つまり犯罪を犯したから、
法のもとで保護されるという社会契約の枠組みから離れてしまい、
人としての保護される人権や平等はなくなります。
人は国家から自由や権利を奪われないという社会契約を交わしています。
が、それは公共の福祉の枠外にある犯罪という行為で
社会契約を破れば、その保護からはずされるのは当然です。
それが社会から隔離され、自由を奪われる刑罰に服す。
応報です。
再度、人権や権利が国家権力から奪われないようにしたいなら、
社会契約を結ぶチャンスは必要ですが、しばらくは契約の権利主体性は無いでしょうから、
罪を償ってから再度、出直してきてから、社会契約を結ぶべきです。
死刑は、もはや契約を結んで人として保護するには値しないという鬼畜だということになる。
と、勉強した記憶がある(^_^.)
記憶は定かではないので、間違いがあるかもしれませんが(^_^.)
人を一人殺したら死刑になるという、元夫の発想はおかしいものでもない。
あの弁護士が難しい試験を受けるから、普通の憲法解釈ができなくなったのでしょう(^_^.)