映画 実写版「GHOST IN THE SHELL 」を観てきた。詩的な題名で、気にいっている。

原作漫画では題名は「攻殻機動隊」だそうだが、映画を観た感じだと「GHOST IN THE SHELL 」で正解だろう。

 「GHOST IN THE SHELL」は「殻(貝殻)の中の幽霊」 サイボーグ化され、機械に置き換えられた身体に住む「私・自我・意識」= GHOST 。 これまでの生活記憶を消された脳に、人間の脳が最も脳らしいと感ずる「自我」⇒「私の私」は存在するのだろうか。

人間の意識はどこまで義体化(映画の主人公の少佐は脳以外の全てを機械・サイボーグ化されている)に耐えられるだろうか? 少佐を創ったハンカ・ロボティックス社は脳を除く人間の肉体の全てを機械しようとする。しかし少佐の脳には古い記憶の残滓が僅かに染み付いている・・・・。

 さて、私自身は人間の「脳」は肉体の奴隷だと思っている。だから脳以外の肉体が全て機械に置き換えられたサイボーグに「私の私」は育たないと想像する。しかし、けっこう肉体は「脳」の奴隷だと感じている人も多いみたいで、「脳は肉体を持たなくても自我を持つ」「肉体(生体)抜きで脳を保持できる」と肉体よりも脳を高次に想像する人もいる、たぶん霊魂を信じる人や、AI は人間を凌駕すると信じる人がこれに当たるのだろう、碁では人間がAIに負けたけれども。

 

 GHOST IN THE SHELL このくにに SHELLを装着したGHOST が現れたのはいつごろだろう。攻殻を着た人間は三世紀終から四世紀初め、古墳時代の初期に本州島に現れている。ここで云う攻殻は鎧である。鎧は長方形や三角形の鉄板を革紐や鉄鋲でガッチリ綴じ合わせ、それで上半身をスッポリと覆い。さらに肩や首・腰を覆う部分を付け、さらに兜をかぶる。すると図の右のような姿となる。この鎧は伸縮性が無く、かなり重く動きにくいものであったらしい。これを「短甲(たんこう)」と呼ぶ。馬が出現する五世紀中頃になると「挂甲(けいこう)」と呼ばれる鎧が出てくる。挂甲は小さな鉄の板「小札(こざね)」を革紐などで綴り合わせたもので、伸縮性があり、騎馬には便利である( 図左 )。ちなみに短甲での騎馬は、鎧の角が体に当たり、重く動きにくく俊敏さが求められる戦闘には向かなかっただろうといわれている。

 馬の遺骸がはっきりと確認できるのは古墳時代の五世紀中頃で、この頃の馬は私たちがTV時代劇で見るサラブレッドとは違う。いわゆるポニーである。ポニーとは馬の肩までの高さが147cm以下の馬をさし、日本の在来馬は110~135cmくらい、サラブレッドは160~170cmくらいである。

 装甲と機動性を身につけたGHOST が次に手にするのは武器である。五世紀中頃の古墳の副葬品ではそれ以前の古墳に比べ鉄製の鏃や甲冑・刀剣類の副葬品が増える。この頃の鉄刀は直刀で反りが無いため馬上からの撫で斬りには向かない。やはり騎馬での戦闘を考えた場合、主役は弓であり騎射であったろう。

 

 GHOST IN THE SHELL 古墳時代中頃、このGHOST はどんなに恐ろしかったか。鉄製の武器を持たない人々にとって、不意に現れる、不死の亡霊の出現。にぶ色に輝く鉄鏃を射かけ、小さな矢では射抜くことの出来ない鉄に包まれた騎馬の亡霊。その出現に、ただ逃げ惑い、身を隠すしか、人々になすすべは無かった。