こうしてはるばるキャンベラから移動し、1994年の終わりからケアンズでの新生活が始まりました。
夫の職場の上司の方達も大変よくしてくださり、私が日本では銀行で働いていたというと、ANZ銀行のマネージャーにお話してくださり、パートで働かないかというもったいないようなお話をいただきました。
何しろ、キャンベラでは約10ヶ月家にこもっていましたので、不安もありましたが2つ返事でOK しました。研修を数日受けて、どこの国でも銀行のシステムは同じなんだと、言葉の壁は知識でカバーできると自信もつきました。
日本での経験がここで活かせるなんて考えてもみませんでした。ANZ 銀行ケアンズ支店では、テラーとして働くことに、、、当時、まれに日本人のお客さんが来ていたものの、まだまだ数は少なく、日本人のお客さまのためにだけスタッフをおくことはできないと言われていたので、あくまでも現地スタッフと同じ条件で働き、日本人のお客様がきて言葉の問題があった場合に私がお役に立てればといった状況でした。
100% 現地スタッフの中で働くという経験は、楽しいことばかりではありません。イヤな思いもたくさんしましたし、お客様から差別を受け涙したこともありました。[E:sweat02]
でもそんな思いをするたびに、“悔しい、絶対見返してやる!”と強く心にきざみ、頑張ってきました。会話がなんとかなっても、やはり常識不足や読み書きでのハンディーがついてきます。
例えば、Bank Cheque (銀行小切手) を依頼されても、支払い先を指示されてもほとんど聞き取れないんです。聞き取れても、知識がないとタイプしようがないんです。
Please make a bank cheque of $5,000 to ATO. (5千ドルの国税局宛の銀行振り出し小切手を作ってください。)
と言われても、ATO が何だか分からなければ、Australian Taxation Office とタイプするのは不可能なのです。考えてみてください。こうやって省略形で示されているものってたくさんあるんです。
“すみませんが、スペルをここに書いてください”という度に本当に恥ずかしい思いをしました。そりゃあそうですよね。大手銀行の社員が漢字が書けないので教えてください、って言ってるようなものですからね。
まあこういった恥ずかしさから、もっと勉強しなくては、という意思が再度生まれました。パートで働きながら、TAFE のライティングのコースにも通いました。
テラーとして半年くらい働いた後、送金手続き、口座の新規開設や解約、定期預金の相談から保険の販売まで行う Information Officer になりました。このころになるとかなり自信もつき、日本人に限らずお客さまのご相談を受け事務をこなしていました。
いつでも、どこでもハッピーな長女は保育園も喜んで行ってくれましたし、夫の仕事も順調で、私も仕事が終われば 100% 母親、主婦業に戻れるので、毎日楽しくて仕方がありませんでした。
なんといっても、子供のこと以外に夫と仕事の話ができるようになったことは本当に新鮮で嬉しいことでした。こんな私を採用してくれた ANZ に心から感謝です。